遠まわり
 冷たい雨が降る中を
 傘をかかげて早足で歩く
 何かに追われる様な日々の
 ただの一日だったのに
 ふと何かが記憶をかすめて
 気になって足を止める
 なんだっけ、この感覚は
 立ち止まった私を避けるように
 人の波は流れ続けて
 雑踏の中でただ一人
 ざわめきの中に包まれた静寂


 
 ああそうか、これは雨の匂い
 部活帰りの遅い放課後
 気付いた途端に包まれる
 冬の冷たい雨の匂い
 ジャージを詰め込んだかさばる鞄を
 背中に斜めにかけて
 濡れるままに自転車を走らせた
 待ち合わせの公園まで
 駆け下りていく長い坂道
 傘なんかなくて、お金もなくて
 時間だけもって君に会いに行くんだ
 凍えた手と冷たい髪の記憶



 雨の匂いなんて、とっくに忘れた気がしてたのに
 こんな人ごみの中では、気付くことすら稀なはずなのに
 静寂も、夕暮れも、風をきって走る感覚も
 どこか遠くに置いてきたはずなのに
 そうして私は大人びて
 毎日はせわしなく
 感傷なんか切り捨てて
 捕らわれないようにしてたのに

 簡単なもんだよな
 ひどくあっさりと
 無駄な抵抗をあざ笑うよう

 今更子どものように
 引き込まれてもいいのだろうか
 たまには昔のように
 時間だけ持っていた頃のように
 冬の雨の中の沈むような静けさに
 留まってみてもいいのだろうか
 ほんのしばらく
 
 私はそっと歩き出す
 そして次の角を左に曲がった
 脇道に逸れて、雑踏から抜け出して
 傘を肩にかけてくるりと回した
 少しくらい濡れても構わない
 ここに自転車はないけれど
 待ち合わせの約束もないけれど
 雨が私を包むから

 見飽きた道を外れていく
 ほんの少しだけ遠回り
 知らない景色が後ろに流れる
 あてもないまま真っ直ぐに

 雨の匂いと
 忍び込んでくる冷たさと
 くるりと回した傘の色が
 ひどく鮮やかで

 怖くはない
 淋しくもない
 見知らぬ道も
 一人の時間も
 怖くはない
 淋しくもない
 孤独で凛とした束の間の迷子
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by ichimen_aozora | 2004-12-09 16:32 | ひとり
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