片山のこと (君の街 vol.2)
 片山は、さほど目立つ要素のないような普通の生徒だった。それなのに、ひどく有名な人だった。
 それは、付き合う前も後もさほど変わらなかったから、それが原因なのではないと思う。
 明るくて不真面目で頭が良くて適当な生徒だった。なんなんだそれは、というようなまるで食い違う形容詞だけれど、何故だかしっくりと併せ持っているような人だった。
 可愛くないわけじゃない、とは思うけど、世の中可愛い人なんてのはたくさんいる。クラスにも学年にも片山より可愛い顔をした子はいたし、目を見張るようなスタイルの子もいれば、驚くほ どセンスのいい子もいた。
 だから片山はさほど特別ではなかったと思う。思うけれど、彼女には何か気にかかる要素があったと思う。でもそれはいわゆる、守ってあげたい気にさせる、とか言うものではまったくなくて。もっと、もっと神経に近い部分を一瞬掠めるような。
 当時俺たちはまだまだただのガキで、それがなんだか分からなかった。分からなかったけど、何かが気になって、妙に気に障って振り返る。と、そこには何故だか片山がいる。そういう感じ。

 今なら分かる。それはなんていうか、傷跡や不信や警戒と言った、なにか張り詰めた要素だった。彼女は明るく、ノリもよく、適当にさばけていて付き合いやすい人だったけど、どこかに絶対零度の一線を持っていた。俺はその気配だけを感じて振り返るけれど、そこにはそつなく笑う彼女がいるだけだった。

 何かがあったのだろう、きっと過去には。それは、言葉にしてみればほんの些細な出来事なのかもしれない。それでもどこかが傷ついていたのだろう。目に見える傷口は例えなんてことないかすり傷に見えたとしても、傷は必ず痛みを伴うのだ。必ず、本人だけが感じる痛みを、なにも知らない他人が、気のせいだとは笑い飛ばせない。

 彼女は賢く、用心深く、恙無い日々をきっと必死で手繰っていた。軽やかな日々に紛れてほんの一瞬だけ掠める翳。彼女は決して、まばゆいばかりに輝いた人ではなかった。けれど、彼女の持っていたギャップは、その正体に気付かせないままで、ひどく人をひきつけた。

 彼女は有名な人だった。誰も、振り返る意味に気付けないままに。彼女は気になる人だった。それは、俺も、例外ではなく。





 あの秋、それが何で滝だったのか、みんな分からなかったし、未だに分からないだろう。

 滝が彼女に夢中だったのは知ってる、というか、はたから見て一目瞭然だったから、別に不思議はない。けれど、片山がそう簡単にOKするとは思えなかったのに。
 片山は結局、クラスの男子の半分くらいの好意を集め、更にその半分くらいは好きだと自覚していただろうし、2人くらいは告白していたと思う。でもそれだけだった。
 彼女が誰かと付き合っていると言う噂はなかったし、誰かを好きだと言う噂もなかった。何となく、何となく、そういう存在として定着してきた時期だった。その矢先、そういう雰囲気を読むのが実に苦手な滝が突然、俺、告白するわ、と言い出して、しばらく手紙を書いたり破ったり、シチュエーションを考えたりしていたけれど、結局作戦も何も上手く立たなかったようだった。下校途中に真っ直ぐ行って呼び止めて、近くの公園のベンチに座って、これまたただ真っ直ぐに、好きだから付き合って欲しいと言って、その場でOKを取り付けたらしい。

 その晩興奮して電話してきた滝の言葉を聞きながら、俺はびっくりしてぼんやりしてしまった。哀しいとか悔しいと言う感情は、面白いほど何もなかった。
「片山なんて?」
「どうしてって聞かれた」
「で?」
「笑った顔が可愛いからって」
「言ったのお前?」
「言った。だから笑って欲しいって言った」
 俺は受話器を持ったまましばらく言葉を失っていた。滝は凄いかもしれないと初めて思った。俺だったら、笑って欲しいなんて恥ずかしくってきっと言えない。それも告白の言葉で。
 それを滝は、きっと大真面目な顔で言ってのけたんだろう。
「で、片山は?」
「分かったって。じゃぁまた明日って。チャリのとこで待ってるって。なぁ、竹田ー。やっぱ笑った顔あいつすっげーー可愛い」
 上手く言葉が返せなかった。ショック、じゃないわけじゃないけど。でもほんとに、悔しいとかむかつくとかいう感情は欠落していたんだ。

    結局こいつなのか…

 俺はぼんやりと考えていた。
    俺ではなく、他の誰でもなくて、こいつなのか…

 あの頃はただ不思議でしょうがなかった。だけど今なら少し分かる。分かるような気がする。
片山が欲しかったのは、馬鹿馬鹿しいくらい分かりやすい好意だったのかもしれない。真っ直ぐで、明白で、打算も計算もないような。欠片も裏なんかないような。

 だってきっと片山には傷があったのだ、と、ようやく分かるようになったのは、二人が別れてからずっと後のことだけれど。
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by ichimen_aozora | 2005-06-14 03:12 | 君の街
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