初秋 (君の街 vol.7)
 ひどく暑かった夏が終わって、だらだらと続いた残暑が落ち着いた頃、随分と久しぶりに滝に電話をかけた。飲みに行こうぜと誘ったら、拍子抜けするほどあっさりと滝はやってきた。
 久しぶり、なんて挨拶も抜きで滝は、しょっちゅう会っているみたいに懐っこく笑って、最近どうしてるだろうなんて考えていたのは、俺だけだったみたいだ。

 なんだか妙にうまくいった就活は梅雨前には内定は下りていて、まだ正式ではないけれど、たぶん俺はこの街を出ることになる。そのことを伝えようと思ったのだけれど、そんなことは口実に過ぎなくて、結局。

 俺は片山のことがずっと気になっていた。
 夏の真ん中で。図書館で見かけた弟の背中の向こう側に見つけた、懐かしい彼女の横顔の事が。
 あの日から消えない彼女の記憶を、俺は誰かと共有したかったんだと思う。
 あの頃のころをよく知っているはずの、誰かと。






「お前は知らなかったと思うけど」
 そう言いかけると、滝は不思議そうにこっちを見やった。
 ただ真っ直ぐで、なにかを疑う素振りもなくて、なにかに感づく仕草もなくて。
 本当に、この目はまるで変らないんだな。
 今この瞬間に、目の前の人間が自分を傷付けることなんてありえないと言うような、正しく信用してるような目。
 俺はこの目に、敵わなかったのだろうか。
 少しぐらい、濁ってくれててもいいのにな。
 なんだか気恥ずかしくなる。
 そして。いたたまれない、と思う。
 自分は変ってしまっただろうか。
 自分だけが歪んでしまっただろうか。
 上手く言葉が継げないでいたら、なんだよ、と怪訝そうに聞き返された。

「お前は知らないと思うけど」
「うん」
「俺、片山が好きだった」
「え」
「それをお前がもってっちゃってさ」
「嘘だろう?」
「今更嘘ついても仕方ないだろ」
「だけど」
「全然知らなかっただろ?」
「全然」
「それがお前の、一番のいいところで、片山を引き寄せたんだろうけどな」
 片山は滝のこんなところがきっと好きで、そして、俺と同じようにいたたまれなくなったりしたんだろう。
「ごめん」
「なにが」
「俺、お前に相談とかしてたじゃん」
「してたなぁ」
「俺全然知らなくて」
「いいよ。お前が気付かない事なんか分かってた。それで俺が言わなかっただけ」
「ごめん」
「それに、どうせお前、片山にはふられて帰ってくるだろうとか思ってたしさ。それが、まぁ予想に反して、上手くいっちゃったってだけ」
「振られると思ってた?」
「思ってたよ」
「なんで?」
「だって、だってなぁ。方や才媛。方や野球馬鹿だろう?普通思うだろうが。それに片山、人気あったし」
「あいつ、人気あったの?」
「あったよ。引く手あまただったぞ」
「へぇ~」
 滝は本当に意外そうな顔をして何度か小さく頷いた。
「知らないのは、お前だけ。あと、片山本人も、たぶん気付いてないんだろな」
「何で竹田は、しってんの?」
 何でって、と、言いかけて俺は、なんだか馬鹿馬鹿しくなって口をつぐんだ。
 何年も前の可愛らしい色恋話を、この極度に鈍感な奴に説明してなんになると言うのだろう。
 滝はただ、片山を見ていたのは自分だけだと思っていたんだ。
 まさか、独り占めしたとは思っていなかったんだ。
 あの頃の片山は、本当に浮き立つような存在感だったと言うのに。
 滝は俺の予想をはるかに超えて、何も気付いてなんかいないんだ。

「お前、どれだけ、自分が注目を集めたか知ってる?あの時」
「さぁ。でも、俺たち地味だっただろ?」
「どれだけ、羨望集めてたか、少しは、気付けよ」
「羨望?羨望ねぇ。滝はいいなぁって言われた事くらいあったけど」
 滝のとぼけた答えを、俺はいつかと同じようにどこかぼんやりと聞いていた。
 片山はこんなとぼけた奴を、本当に好きだったことを、俺は知ってる。
 滝は片山の持っていた傷を、癒しただろうか。
 いつも張り詰めたように身を守っていた彼女が、少しずつ、少しずつ、解けていったのを俺は知ってる。彼女が良くも悪くも、ただののんきな高校生に近づいていく様をずっと見ていた。
 俺は滝ほど極端に鈍感じゃないから、幾ら知りたくなくたって、気付いてしまうんだ。
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by ichimen_aozora | 2005-07-20 01:53 | 君の街
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