彼女は前の籠に荷物を積んで、でも自転車の横に佇んでいた。
どうせいつだって彼の行動は私とはまるで関係がないのだ。いつだって。 この人のためなのだから。 そう思ったところで、不意打ちのように肩を叩かれた。びっくりした。 思考が暴走しそうになってたことには、そのときようやく気付いた。 「俺は今日はお好み焼きの気分なんですけど」 見上げた狩野君は、いつもみたいに笑っていた。そつなく、感じよく、はかったように同じだけ。 「うん。いいよ。いこう」 「じゃあ、ついてきて」 そう言ってまた少し目を細めて、狩野君は滑らかに走りだす。 狩野君と、二人で帰ったことなんかないなぁと思いながら、慌ててその背中を追いかけた。 駐輪場から校門を抜けて住宅地から商店街に入る。歩道もない狭い道。 さっきまであんなに饒舌だったのに、狩野君はずっと黙ったままだった。振り返りもしない。けれど抑制の効いたスピードは速すぎも遅すぎもしなくてたぶん、私に合わせてくれていた。 変わらない距離で、右斜め前にある狩野君の背中。すぐ右横をスピードを上げた車が追い抜いていって、初めて狩野君がちょっとだけ振り向いた。 危なくないよう庇われていた事に、そのときやっと気が付いた。それから、さっきからの一連の言動も全て。 ずっと、必要以上に傷つくことのないように、庇っていてくれたんだと気が付いた。 この人は優しいんだ。なんだか油断ならないけど、何考えてんだかわからないけど。 でも優しいんだ、すごく。 前を行く背中は無言のままで、まっすぐ風を切ってどんどん行ってしまうけど。 とりあえず今は、ついて行こう。 狩野君が向けてくれたさりげない優しさに、応えなければ。せめて。 止まることなく。 振り返ることなく。 夕焼けに染まる道を駅の方に向けて走る。すっかり下校が遅くなったせいで、見知った顔はさっぱりいなかった。遅れないように狩野君の後を追う。 狩野君は、振り向かない。 どこまで行くとかどんな店だとかも、まるで説明してはくれないけれど。 この人がつれてってくれるお好み焼きは、きっと美味しいのだろうな、と。 なんとなく、平かな気持ちで考えていた。 ―side 桜井― ≪END≫
by ichimen_aozora
| 2005-11-07 05:39
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