金色の時間 (vol.1)
「いない…」
 4限目のチャイムが鳴り響いても、彼女は教室に来なかった。この授業、取ってるはずなのに。木曜日の唯一被る履修。
 今日、行政法のノート持ってきてくれるって言ったのに…。
 どうでもいい瞬間にはあっけなく見つけることが出来るのに、探している時はいつもいない。僕から見た片山ちひろは、そういう人だった。

 気だるい午後の授業を何とかやり過ごし、終了のチャイムとともに席を立った。一応、彼女の分のレジュメも貰っておいた。まぁ彼女のことだから、妙に広い人脈と伸縮自在の結束力で、レジュメなんて簡単に手に入れるのだろうけれど。

 僕はそうはいかないからなぁ…一人ごちながら、明るい午後のキャンパスを巡る。彼女を探して。予約済みのノートが、彼女の取ったものかどうかは分からないけれど、そのノートが、僕の単位取得を助けてくれることは間違いないだろう。

 学食にも図書館にもいない。自販機前のベンチにも。
 ほんとに来てるのかな…念のため携帯をチェックしたけれどメールも着信もなかったから、急用って訳でもないらしい。
 どこかにいるか、もしくは完全に忘れられてるか。
     どっちかだ…
 ぐるぐる歩く。ぐるぐる。
 途中彼女とよく一緒にいるメンバーを何人か見かけたけれど彼女は一緒にいなかったので、これはもう、忘れられたってのが濃厚だろう。
 あーあ。まぁ、仕方ないかなぁ。借りるのはこっちだし。
 諦めて、少し早いけどバイトにでも行こうと思って正門前のバス停を目指していると、ふと、行き交う学生の群れの向こうに見覚えのある、限りなく金色に近い茶髪が見えた。
 正門へと続く大階段の横に広がる芝生の傾斜に、彼女はひとりで、膝を抱えるようにして座っていた。





「なーにしてんの」
 後ろから声をかけると、緩慢に振り返って、あ、時田君と平らかな声で言った。
「ひとりでなにしてんの?こんなとこで」
「んー。や、別に、特に」
「4限目出なかったやろ?」
「あー。うん。図書館で、資料読んでたら、気付いたら、寝てて、気付いたら授業始まってた」
 そんなんばっかだな、この人は。
 少しも悪びれた様子なく、淡々と説明をしたあともしばらくぼんやりとした様子で僕のことを見上げていたけれど、突然気が付いたように何度か瞬きをして、あー、と言った。表情が途端にはっきりした。
「そうか。ノートや。行政法の。去年の。うん、持ってきたで。すっごい奥に仕舞いこんでてなぁ、よかった、見つかって」
 そういいながら、いつもながらに重そうな鞄をごそごそと漁ると、ばさっと分厚い束を差し出した。あ、やっぱりコピー。と言うことを突っ込むのは今更だし助かることには変わりないので、素直にありがとうと言って受け取る。
 彼女がまだ立ち上がる様子がないのを見て僕も、無造作に荷物をどさっと落として近くに座り込んだ。

 早速受け取ったコピーをぱらぱらと捲る。
「それで去年、私単位取れたから。一応去年の過去問もつけといた」
「なんやった?評価」
「『良』やった。普通やな」
 彼女はへらっと笑ったのをみて僕も笑った。彼女は不真面目な学生だったけれど、意外と単位は揃えてる。彼女に言えばかなりのノートや資料を回してくれるし、つまりは、要領がいいというよりは友達が多いんだな、やっぱり、とまた何度目かの再確認をする。

 僕とは違うタイプだ。明るくて、賑やかで。いつも誰かに囲まれていて。
 僕とは違う。
 似てるとこなんか…ない。

 くらり、と、一瞬世界が傾いた気がした。重心を、頼りなく失うような。
 僕の想いは、もしかしてただの羨望だろうか。彼女がひどく、眩しく思えるのは。
 僕はもう彼女がとても好きだと思う。好きなんだ、と思うのに。

 僕は振り落とされないように、いつものように意識して深呼吸を繰り返す。
 彼女を見ていると、時々僕は。なんの前触れもなく。
 ひとり混乱してしまうのだ。静かに、静かに。
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by ichimen_aozora | 2006-06-08 14:52 | 金色の時間
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