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金色の時間 (vol.3)
 突然に、彼女の髪が金色になってしまったあの頃、何があったんだろう?
「失恋でもしたの?」
「失恋したから髪型変えるなんて言い伝えみたいなこと、なんだか恥ずかしくてやんないわよー」
 彼女は呆れた顔をしていって見せたけれど。

 何かあったんだろうと思う。彼女は、自分の長くてまっすぐでさらさらした髪を、たぶん気に入っていたし大切にしていたんだ。
 大事に大事にとっておいた自分だけの宝物を、自分の手でずたずたにしてしまいたくなる。それは、哀しみ?諦め?絶望?
 ぱさぱさと、少し傷んで外向きに跳ねている毛先。
 何でもないように笑うけれどどこか空々しくて、僕はあの頃の彼女を見ているのは少しいやだった。でも、痛々しくて、危なっかしくて。どうしても、目を向けずにはいられなかった。


 



 金色の時間は本当に一瞬だった。時間にして、1、2分。それからも夕焼けは続いていたし、朱赤に染まった空は綺麗だったけど、海面は明らかに輝きを失ったし、僕らの輪郭も濃く影を帯びていく。
 終わっちゃったね、とぽつりとつぶやくと、彼女も、おわっちゃったね、とつぶやき返した。
「でも、なかなかいいもの見たって感じやろ?」
「うん」
「一瞬だからね、綺麗なんだよ」
「え?」
「そう思わない?」

 きっとね、綺麗なものは、きらきらした時間は、一瞬でなくなっちゃうから、哀しくて、綺麗なんだよ。
 でもね、だからね、変わらないことを望んじゃだめよね?
 
 ガラスの壁の向こう側から、彼女は微笑みかける。でも、もしかしたら彼女はそこにはいないのかもしれない。目に映るのは、ただ、透明な壁に映った虚像なのかもしれない。
 淡くて今にもかき消えてしまいそうな。泣いているようにも見える微笑み。
 ねぇ君は、何を失ったんだろう?

 俺はなんだか分かってしまったような気がしていた。
 金色の瞬間は一瞬だということが。彼女がかつてその時間の中に身を置いていたということが。でもきっともう、過ぎてしまったんだろう?
     気づかないだけね
 少し物悲しい彼女の笑顔。でも今でも、彼女はとてもきれいだと俺は思うのに。


「あの写真、もっかい見せて?」
「なんで?」
「なんだか、青春って感じでいい写真やったから」
「ええやん。あんな写真、見せるほどのもんでもないよ。それに時田君、誰も知った顔いないやない」
「それでもええから、見せてよ」
 彼女は穏やかにこちらを向いただけで、写真を見せてはくれなかった。

「大事な写真?」
「別に」
「誰か、大切な人でも映ってんの?」
「みんな、ただの友達よ」
 彼女は取り繕うように笑って。
 
 確かに懐かしいけれど。
 別に、特別な写真なんかじゃないよ。
 大切な人なんていないよ。
 誰も。

 じゃあ誰が、君の無邪気さを持ち去ってしまったんだろう?
 いつから、君はこんなに大人っぽく振舞うようになってしまったんだろう?
 写真の中の誰を、君は見ていたの?
 ファインダーの向こう側。
 君は映っていなかった。
 もしかしたら、カメラを向ける君に、笑いかけていたのは誰?
 でも。
 僕には何も、教えてくれないんだね?
 僕がどんなに望んでも。
 手をのばしても。

     大切な人なんて誰もいない……
 ねぇ君は、誰を失ったんだろう?
 その人は大切な人だった?

「ねぇじゃあ今度、片山さんの高校時代の写真を見せてよ」
「えー。いやだよ。恥ずかしいやん」
「ええやん。今度、持ってきてよ」

 こうして、日常は空回るように、平和過ぎるままに何事もないように、回り続けていく。
 気付かないだけでものすごく綺麗で鮮やかな一面を秘めたまま、霞のような穏やかさの中で、僕の望みが君に届くことさえなく。
 くるくると、ふわふわと。
 そんなさり気なさ過ぎる毎日に、僕はときどき息苦しくなり、そして泣きそうになるんだ。

 いつまでも、僕の声は君に届かない、そんな、無為な毎日の中で。
by ichimen_aozora | 2006-06-11 05:15 | 金色の時間
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