市民球場 (シグナル vol.2)
 市民球場の雨ざらしの観客席に、並んで座った。観客席といっても座席なんてなくてただの石の階段なんだけど、うちの高校の生徒は学校近くのここをよく利用する。
 待ち合わせにも、昼寝にも、間食にもただまったりするんでも、この球場はうちの高校の生徒の憩いの場所である、が、幸いな事に今日は他に知った顔は見えなかった。

     別に、噂になっても構わないけどな…俺は

 藤巻と俺は、1年の時のクラスメートで、俺は1年の時から実はずっと好きだった。
 だから、たぶんまだ誰にもばれてはいないけど、ばれてからかわれて恥ずかしいとか言う時期はとっくに越してしまった、ように思う。
 噂になって、それで上手く行くなら万事OK。
 でも、噂になったせいで避けられるようにでもなった日には…後悔どころの騒ぎじゃない。だから、今まで俺は慎重に行動してきた。

     でも今日は彼女からのお誘いだもんなー

 これを幸福と呼ばずになんと言う。
 一人で待つ間にだいぶ落ち着きを取り戻した俺は、買ってきてもらったロールケーキをほおばりながら、にやけないように俯いていた。
 藤巻は他にもサンドイッチと午後の紅茶とスナック菓子とアイス最中を買ってきてくれた。俺が空腹を訴えたせいだ。すばらしい。まったくもって気がきく人だ。
 彼女はアイス最中だけ抜き出して食べ始め、450円受け取った。
 俺があっさりとサンドイッチとロールケーキを平らげると、食べかけのアイス最中を割って下半分をくれた。
 なんて和やかなカップルの図。……カップルなんかじゃないけど、まだ。全然。





「で。話って」
「ああ…うん………ねぇ。ロールケーキ美味しかった?」
「うまかった。贅沢を言えば午後の紅茶はストレートよりミルクティーのが好き」
「甘党だったんだねぇ…ラーメンとか焼肉とかばっか好きなのかと思ってた」
「ラーメンとか焼肉も好きだぞ。ラーメン食って焼肉食ってケーキで締めたら最高だろ」
「太るぞ…」
「その分消費してっから」
「私なんて消費してても太る」
「お前?別に太ってないだろ?」
「そお?もうちょっとこうさー、華奢な方がいいじゃん」
 藤巻がそんなことを言うもんだから改めて目をやったら、面食らったように心持ち身を引かれて、こっちの方が気恥ずかしくなる。
「なんだよ…」
「だって見るから」
お前がそう仕向けたんだろ、と、何故か苦しい言い訳をしながら慌てて目をそらす。
「いいよ。そのくらいで。丁度いいだろ」
「それも意外」
「何で」
「男子は細い子のほうが好きなのかと思って」
「それこそ女子の妄想だろ?」
 俺はがりがりは好みじゃないのだ。
そして。俺と同じ好みの奴は世の中、割と多いと思う。
それに、運動部所属の女子は結構もてる。これも女子は勘違いしてるかもしれないけれど。
要するに、藤巻だって実は結構人気があるのだ。本人が気付いてないだけで。だから実は気が気じゃなかったんだ。
そんなことを思いながら、隣の藤巻の気配に全神経を向けていた。
 今日、呼び止められた理由が分からない。分からないけれど、別に俺は、理由なんかなくても全然構わない。
 他愛なく続く世間話は楽しくて、彼女の隣にいる自分は今、幸せで、でも、会話が横滑りしていく感覚が妙にリアルで不安だった。
 彼女は何か理由があって俺を呼び止めて、ただ言い出せないでいる。
 気にならないわけはない。
 でも別に、無理してきかなくても構わなかったんだ。
「お前今日部活ないの?」
 沈黙が怖くて、当たり障りない話題を選んだつもりだった。
 つもりだったのに。

「ない。ていうか。辞めてきた、今日」
「え?バスケ部?」
「うん。退部届けだしてきた」
「な…なんで…どっか故障?膝か?」
「違う違う。どこも痛くないよ」
 朗らかに否定しながら。

 でも転校するんだよねー。

 そう、軽いさらりと乾いた調子で続けられた言葉の意味を、俺は一瞬分からなかった。
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by ichimen_aozora | 2006-07-31 21:50 | シグナル
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