いちめんの青空
2006-07-31T21:50:16+09:00
ichimen_aozora
日々のできごととそうじゃないこと
Excite Blog
市民球場 (シグナル vol.2)
http://ichimen.exblog.jp/5387346/
2006-07-31T21:50:16+09:00
2006-07-31T21:50:16+09:00
2006-07-31T21:50:16+09:00
ichimen_aozora
シグナル
待ち合わせにも、昼寝にも、間食にもただまったりするんでも、この球場はうちの高校の生徒の憩いの場所である、が、幸いな事に今日は他に知った顔は見えなかった。
別に、噂になっても構わないけどな…俺は
藤巻と俺は、1年の時のクラスメートで、俺は1年の時から実はずっと好きだった。
だから、たぶんまだ誰にもばれてはいないけど、ばれてからかわれて恥ずかしいとか言う時期はとっくに越してしまった、ように思う。
噂になって、それで上手く行くなら万事OK。
でも、噂になったせいで避けられるようにでもなった日には…後悔どころの騒ぎじゃない。だから、今まで俺は慎重に行動してきた。
でも今日は彼女からのお誘いだもんなー
これを幸福と呼ばずになんと言う。
一人で待つ間にだいぶ落ち着きを取り戻した俺は、買ってきてもらったロールケーキをほおばりながら、にやけないように俯いていた。
藤巻は他にもサンドイッチと午後の紅茶とスナック菓子とアイス最中を買ってきてくれた。俺が空腹を訴えたせいだ。すばらしい。まったくもって気がきく人だ。
彼女はアイス最中だけ抜き出して食べ始め、450円受け取った。
俺があっさりとサンドイッチとロールケーキを平らげると、食べかけのアイス最中を割って下半分をくれた。
なんて和やかなカップルの図。……カップルなんかじゃないけど、まだ。全然。
「で。話って」
「ああ…うん………ねぇ。ロールケーキ美味しかった?」
「うまかった。贅沢を言えば午後の紅茶はストレートよりミルクティーのが好き」
「甘党だったんだねぇ…ラーメンとか焼肉とかばっか好きなのかと思ってた」
「ラーメンとか焼肉も好きだぞ。ラーメン食って焼肉食ってケーキで締めたら最高だろ」
「太るぞ…」
「その分消費してっから」
「私なんて消費してても太る」
「お前?別に太ってないだろ?」
「そお?もうちょっとこうさー、華奢な方がいいじゃん」
藤巻がそんなことを言うもんだから改めて目をやったら、面食らったように心持ち身を引かれて、こっちの方が気恥ずかしくなる。
「なんだよ…」
「だって見るから」
お前がそう仕向けたんだろ、と、何故か苦しい言い訳をしながら慌てて目をそらす。
「いいよ。そのくらいで。丁度いいだろ」
「それも意外」
「何で」
「男子は細い子のほうが好きなのかと思って」
「それこそ女子の妄想だろ?」
俺はがりがりは好みじゃないのだ。
そして。俺と同じ好みの奴は世の中、割と多いと思う。
それに、運動部所属の女子は結構もてる。これも女子は勘違いしてるかもしれないけれど。
要するに、藤巻だって実は結構人気があるのだ。本人が気付いてないだけで。だから実は気が気じゃなかったんだ。
そんなことを思いながら、隣の藤巻の気配に全神経を向けていた。
今日、呼び止められた理由が分からない。分からないけれど、別に俺は、理由なんかなくても全然構わない。
他愛なく続く世間話は楽しくて、彼女の隣にいる自分は今、幸せで、でも、会話が横滑りしていく感覚が妙にリアルで不安だった。
彼女は何か理由があって俺を呼び止めて、ただ言い出せないでいる。
気にならないわけはない。
でも別に、無理してきかなくても構わなかったんだ。
「お前今日部活ないの?」
沈黙が怖くて、当たり障りない話題を選んだつもりだった。
つもりだったのに。
「ない。ていうか。辞めてきた、今日」
「え?バスケ部?」
「うん。退部届けだしてきた」
「な…なんで…どっか故障?膝か?」
「違う違う。どこも痛くないよ」
朗らかに否定しながら。
でも転校するんだよねー。
そう、軽いさらりと乾いた調子で続けられた言葉の意味を、俺は一瞬分からなかった。
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横断歩道 (シグナル vol.1)
http://ichimen.exblog.jp/5306358/
2006-07-20T19:07:28+09:00
2006-07-20T19:07:28+09:00
2006-07-20T19:07:28+09:00
ichimen_aozora
シグナル
明け切らない梅雨の気配でグラウンドはしっかり乾かないまま、気温だけがどんどん上昇していく毎日は憂鬱で、それでも俺の生活は部活中心で回っていく。
早々に3年生が抜けたばかりの新チームはまとまりもなくぼろぼろだが、やっと俺たちの時代になったんだと思うと気がはやる。先輩たちが行けなかったインターハイへ、俺は絶対にたどり着いて見せようと思う。
ぐちゃぐちゃとまとわりついてくるぬかるんだ土も、湿った空気も纏いつかせたままで、俺は放課後の校庭を延々と延々と走って、ふらふらになって岐路に着く。
家に着いたら夕飯を食べてシャワーを浴びて寝るだけだ。そして翌日にはまた変らない毎日を、ふらふらになる一日を始めるわけだ。
別に飽きない。むしろ快適。
俺にはそういう単調な日々をこなす才能があるのかもしれない。
一刻も早く帰りたいのに信号に捕まって、俺はのろのろと自転車を降りた。自転車に半ばもたれるように信号待ちをする。
眠くて、腹が減って、それなのになかなか青にならなくて、ぼーっとしていたら、妙にけたたましく「とおりゃんせ」が鳴り響いて我に返る。自転車を引きづったまま、反射的に足を踏み出す。遅れてゆらりと上げた視線の先、横断歩道の向こう側に立つ姿にようやく気付いた時には、びっくりしてつい立ち止まってしまった。
同じように、自転車を横に引いて。
何で藤巻が?こんなところに?彼女の家は全然違う方面のはず。
別に喋ったこともないとか言う関係ではないけれど、予想外の展開というのは計り知れないもんだ。
俺はひどくに混乱していて上手く動けなかったけど、後ろから人が来る気配になんとかまた歩き出す。歩き出した俺に向かって彼女が小さく手を振った。かろうじて左手を上げて応えたけれど、それでも混乱の元は近づくばかりで、俺はあらぬ期待に目が回りそうだった。
何度も何度も想像した場面。
俺の部活帰りを、藤巻が待っていてくれて。ちょっと時間いい?とか、言っちゃって。
要するに、俺はそれくらい彼女が大好きだったわけで。
何とか渡りきったとき、俺はまだ全然平静なんて装えてなかったと思う。
彼女が笑って、部活おつかれーと声をかけてくれても、ちょっと頷いただけだった。というかそれが精一杯だったんだ。何か喋ったら動揺があからさまになってしまいそうで。
まぁもう充分ばればれだったとは思うけど。
「なに、してんの」
「待ってた」
「俺?」
「そう」
「いつからいたの、ここ」
「ちょっと前。15分くらい」
彼女は俺を見上げて、ちょっと笑った。
「私だって、早川君の部活あがる時間くらい知ってるもん、実は」
ああ、やばい…また眩暈がっ。
俺だって。
俺だって彼女の部活の予定ぐらいしっかり押さえてる。
ちょっとだけいい?なんて、彼女が想像と同じような台詞を言うもんだから、俺はまた憮然とした表情で頷いた。
緊張すると無愛想になるのはただの悪い癖だ。
「ごめん。急いでた?」
「いや、別に。平気」
一刻も早く帰りたかったはずなことなんてあっさりと忘れてそう答える。高2の17歳なんてそんな程度には現金だ。
その上更に、
「どっかはいる?俺、かなり腹減ってんだよね」
なんて、言い出す始末。混乱も度を越すと上滑りし始めるらしい。
「ん、でもすぐだから……球場でいい?私、パンか何か買ってくるから」
すぐ近くには市営の屋外球場があって、俺の家はその更に向こう。俺は近道のためにいつも球場の横を突っ切っていく。そんなことも、彼女はもしかして知っているのかな。
「先行ってて」
「あ、金」
「あとでいい」
「俺、ロールケーキがいい」
「?」
「なんだよ」
「甘いもの好き?」
「好き」
「へぇ…意外」
彼女が軽々と自転車に乗ってコンビニを目指して行ってしまうと、俺はようやく大きく深呼吸した。
動揺は収まらない。
期待するなというほうが、無茶だ。
夢よりすげぇ…
疲労と期待と混乱で、まただいぶぼんやりとしていた。
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葉桜の頃
http://ichimen.exblog.jp/5147904/
2006-06-30T03:37:00+09:00
2006-06-30T22:34:29+09:00
2006-06-30T03:37:18+09:00
ichimen_aozora
ひとり
また寝てる……
午後の日差しが柔らかい。昼食の後の5時間目、英語。あんまり面白くもない、一応異国語。確かに眠い。それは分かる。それは分かるけど。
斜め前方で、右手にシャーペン、左手で頬杖をついてだいぶ前からぴたりと静止していた背中が、重力に負けてがくっと前にのめる。はっとしたように一瞬顔を上げて時間を確認してからまたもとの姿勢に戻る。や、ダメだろうそれじゃ。また寝ちゃうだろうに、と見ているうちにまたぴたりと静止した。しばらくしたらまたがくっといくに違いない。
まだ入学したての4月だぞ。GWもまだだぞ。
その大胆不敵な寝姿をさらしているのは、あろうことか肩までかかる髪を流した女の子だった。空色のブラウス、ひだひだのスカートにハイソックス。まじめな女の子風服装なのに、彼女の居眠りは別に、俺が見る限り、今日が初めてなわけでもない。
「次、かたやまー。おーい片山」
教壇で英語教師がのんきに呼んでいる。
あーあ。やっぱり。気付いてたのなんて俺だけじゃないよな。ま、厳しい感じの先生じゃなくってよかったけれど。
片山さん、ねぇ片山さん、当てられてるよ。彼女の後ろの席の子が手を伸ばして突っつくと、えっと小さく間抜けな声を上げてようやく顔を上げた。
「では、35ページの18行目から最後の列まで」
起きたのを確認した英語教師が、特に気にした風もなく淡々と指示すると、彼女はしばらく目を彷徨わせた後に教科書を読み出した。たどたどしい、というほどではないけれども別に凄く上手くもない普通程度の発音で、ただ、さして大きくもない声はきちんと響いた。
恙無く読み終えて顔を上げたタイミングでまた指示が飛ぶ。
「じゃぁ訳して」
沈黙。彼女の背中が、またぴたりと静止した。
とりあえず、自分のノートに目を落としてみる。この先生、のんきな調子の割に想定よりもやたらに進みが速くって、ちょっとはやってきた予習の範囲なんてとうに超えていた。さっきから、必死に辞書を引いて作った訳文はたどたどしくっていまいちだ。
当てられた彼女は未だ沈黙。
ほーらみろ。こんな四月の初めから、寝てるから。
他人事ながら、しんと静まった気配にやきもきしていると、視界の端で彼女が、何枚かページを捲るのが見えた。
「…中世において……」
溜め込んでいた沈黙のことなどなかったようにしておもむろに口を開いた彼女が、淀みなく読み上げた和訳は、それはまったく、随分と綺麗な日本語だった。
はい、じゃぁ次、と教師の関心が移って開放されると、彼女はまた頬杖をついた。窓のほうを向いてしまって横顔は少しも見えないけれど、なんともやる気がなさそうな気配で。
でも、馬鹿じゃぁないんだな。綺麗な日本語、ていうか、完璧な予習?
やわらかな春の日差しの中で、彼女は今日も、定まらない印象を纏っている。
彼女、片山ちひろが、馬鹿ではない、どころかかなりできる奴だとクラス中に判明したのは、中間テストの返却日だった。高校入ってはじめての定期試験。
一応は進学校、ということで、一人一人に配られたクラス内順位の書かれた個人成績表を、みんながさり気なさを装いつつも内心冷や汗もので確認する中で、彼女はひとり、相変わらずぼんやりとしていた。
「どうだった、片山さん」
隣の席の奴が社交辞令的に声をかけている。
「んー」
「俺、やばいわ」
ひらひらと白い紙を振るクラスメートを少し笑って眺めていた。
「これ、見てもいい?」
「別に、いいけども」
無造作に伏せられている彼女の成績表を手に取ったそいつが、うわぁっと変な声を上げる。何事かと振り向いた数人の目を気にすることもなく続けて決定的事項を告げる。
「すげぇ。総合、クラスで一番じゃん」
更に多くの生徒が振り返り、寄ってきて、あっという間に囲まれる。
すごい、見せて。あ、ほんとだ。凄い。凄いね片山さん。
垣間見えた彼女はなんとも、困ったような顔をしていた。得意そうでもないし、つまんなそうでもない。ただ、どうしたらいいのか分からない、というような苦笑。
彼女の成績表はあちこちに回されて、ちょっと遠くから眺めていた俺もちらっと見た。確かに総合トップ。科目別で見ても、ほとんど一桁の小さい数字。卒なくそろえた万能型?隠れ秀才?てかこの人何者?
ともかくこうして、片山ちひろはクラスでトップ、ということが、易々とクラスじゅうに知れ渡った。
あんなに寝てるのに、と、俺は勿論思ったし、そう思ったのも、多分俺だけじゃなかったと思う。
彼女が鼻持ちならない優等生ではないことや、孤高を気取って単独行動を好むような近づきがたい奴なんかではなくて、むしろ明るくてノリのよいタイプなのだとクラスの奴らに認識されるのは、もうちょっと、あと何ヶ月か後の話。
ただ、実は完璧予習人間なんかではないことだけは案外早くに判明する。ていうか、むしろ不真面目?
俺は以後、彼女がぎりぎりに登校して来ては、机にかじりついて誰かのノートを写させてもらっている姿を、度々見ることになる。
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金色の時間 (vol.3)
http://ichimen.exblog.jp/4978503/
2006-06-11T05:15:00+09:00
2006-06-30T22:01:01+09:00
2006-06-11T05:15:25+09:00
ichimen_aozora
金色の時間
「失恋でもしたの?」
「失恋したから髪型変えるなんて言い伝えみたいなこと、なんだか恥ずかしくてやんないわよー」
彼女は呆れた顔をしていって見せたけれど。
何かあったんだろうと思う。彼女は、自分の長くてまっすぐでさらさらした髪を、たぶん気に入っていたし大切にしていたんだ。
大事に大事にとっておいた自分だけの宝物を、自分の手でずたずたにしてしまいたくなる。それは、哀しみ?諦め?絶望?
ぱさぱさと、少し傷んで外向きに跳ねている毛先。
何でもないように笑うけれどどこか空々しくて、僕はあの頃の彼女を見ているのは少しいやだった。でも、痛々しくて、危なっかしくて。どうしても、目を向けずにはいられなかった。
金色の時間は本当に一瞬だった。時間にして、1、2分。それからも夕焼けは続いていたし、朱赤に染まった空は綺麗だったけど、海面は明らかに輝きを失ったし、僕らの輪郭も濃く影を帯びていく。
終わっちゃったね、とぽつりとつぶやくと、彼女も、おわっちゃったね、とつぶやき返した。
「でも、なかなかいいもの見たって感じやろ?」
「うん」
「一瞬だからね、綺麗なんだよ」
「え?」
「そう思わない?」
きっとね、綺麗なものは、きらきらした時間は、一瞬でなくなっちゃうから、哀しくて、綺麗なんだよ。
でもね、だからね、変わらないことを望んじゃだめよね?
ガラスの壁の向こう側から、彼女は微笑みかける。でも、もしかしたら彼女はそこにはいないのかもしれない。目に映るのは、ただ、透明な壁に映った虚像なのかもしれない。
淡くて今にもかき消えてしまいそうな。泣いているようにも見える微笑み。
ねぇ君は、何を失ったんだろう?
俺はなんだか分かってしまったような気がしていた。
金色の瞬間は一瞬だということが。彼女がかつてその時間の中に身を置いていたということが。でもきっともう、過ぎてしまったんだろう?
気づかないだけね
少し物悲しい彼女の笑顔。でも今でも、彼女はとてもきれいだと俺は思うのに。
「あの写真、もっかい見せて?」
「なんで?」
「なんだか、青春って感じでいい写真やったから」
「ええやん。あんな写真、見せるほどのもんでもないよ。それに時田君、誰も知った顔いないやない」
「それでもええから、見せてよ」
彼女は穏やかにこちらを向いただけで、写真を見せてはくれなかった。
「大事な写真?」
「別に」
「誰か、大切な人でも映ってんの?」
「みんな、ただの友達よ」
彼女は取り繕うように笑って。
確かに懐かしいけれど。
別に、特別な写真なんかじゃないよ。
大切な人なんていないよ。
誰も。
じゃあ誰が、君の無邪気さを持ち去ってしまったんだろう?
いつから、君はこんなに大人っぽく振舞うようになってしまったんだろう?
写真の中の誰を、君は見ていたの?
ファインダーの向こう側。
君は映っていなかった。
もしかしたら、カメラを向ける君に、笑いかけていたのは誰?
でも。
僕には何も、教えてくれないんだね?
僕がどんなに望んでも。
手をのばしても。
大切な人なんて誰もいない……
ねぇ君は、誰を失ったんだろう?
その人は大切な人だった?
「ねぇじゃあ今度、片山さんの高校時代の写真を見せてよ」
「えー。いやだよ。恥ずかしいやん」
「ええやん。今度、持ってきてよ」
こうして、日常は空回るように、平和過ぎるままに何事もないように、回り続けていく。
気付かないだけでものすごく綺麗で鮮やかな一面を秘めたまま、霞のような穏やかさの中で、僕の望みが君に届くことさえなく。
くるくると、ふわふわと。
そんなさり気なさ過ぎる毎日に、僕はときどき息苦しくなり、そして泣きそうになるんだ。
いつまでも、僕の声は君に届かない、そんな、無為な毎日の中で。
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金色の時間 (vol.2)
http://ichimen.exblog.jp/4968066/
2006-06-10T01:00:00+09:00
2006-06-30T22:00:17+09:00
2006-06-10T01:00:35+09:00
ichimen_aozora
金色の時間
「あ……」
「ん?」
「これ、写真……?」
束ねたレジュメの隙間からはらりと芝生の上に落ちたのは、一枚の写真だった。数人の少年が映っていて、私服だったけどたぶん高校生で、何人かが野球のユニフォームを着ていた。折り重なるように集まって、下のほうにいる子はきっと押しつぶされているんだろう、少し歪んだ顔で、一様に、無邪気に笑っていた。
若いってこういうことだよな、なんて、思ってしまうような。明るさと無鉄砲なエネルギーに満ちた、なんだかいい写真。俺が、年を取りすぎただけなのかもしれないけれど。
「あ……、こんなとこに……」
「いつの?」
「高校。それ、かして」
渡すと彼女はさっさと自分の鞄にしまってしまった。よく見もせずに、思い出に浸ることもなく。でもほんの少し丁寧に。そしてまた、さっきと変わらない様子で、ぼんやりと遠くの海に目を向けた。遠い港の、はじまりかけた夕焼け。
写真に、彼女は映っていなかったのが、ほんの少し残念だった。16、7の、彼女を見てみたかったのに。きっと可愛かっただろう。あんな風に、鮮やかに笑っていたのかな?
あの写真は、彼女が撮ったのかな。
「ねぇ知ってる?夕焼けにはね、金色の一瞬があるんだよ」
彼女は前を向いたままふいに口を開いた。まるで俺などいないかのように傍若無人に、気まぐれなつぶやきのように。
「知らない」
「もうすぐ。もうすぐやから、見逃さないといいよ」
時田君にも見てほしいの、なんて、言ってくれたらものすごく嬉しいのに。
ばかげた夢みたいなものだけど。
遠くで揺らめく魚の鱗みたいな海面の一枚一枚が、キリンみたいな建設機械が、小さな船影が、水平線が。隙間なく埋まった町並みが、雲が、木々が、芝生が。少し遠くに放った俺の鞄が、彼女の靴が、横顔が、髪が。
ランダムに、でも一斉に、きらきらと金色に染まり出したのは突然だった。本当に突然に、そしてあっという間に、何もかもは金色に。
「ほらね、金色」
「うん」
「きれいじゃない?」
「きれいやね」
ふふふ。彼女は小さく静かに微笑んだ。それはあの写真の中には決して馴染まない種類の微笑み。もっと完成されていて上品で、その上少し物悲しくて。
「この一瞬に出会うと、いつも、世界は物凄くきれいなのにって、思った」
そして大きく深呼吸をして、立てた膝を抱えなおした。
「物凄くきれいなのに、ただ気付かないだけね」
僕は彼女の髪の色に見とれていた。淡く金髪に近い茶髪はその金色の夕日の中で、何よりも一番煌いて見えた。きらきらときらきらと、滑らかに輝いていた。
たしか去年の夏だった。
彼女が、背中まで届く長かった髪を肩より上でばっさりと切ったのは。
それまでの彼女は金髪なんかじゃなかった。もとから少しだけ色素が薄いのだろう、暖かみある少し茶色い髪は、さらさらで、傷んでなんかなくて。長く伸ばした髪はまっすぐに肩から背中へ流れていたのに。
彼女はばっさりと短くするのと同時に、ずいぶん思い切ってブリーチしてしまった。ある日突然に、お嬢さん風な長い黒髪がヤンキーみたいな金髪のショートになっていたのだから、一瞬誰だかわからなかったのも無理はなかったし、あっけにとられて見入ってしまったのも無理はなかったと思う。
「なによー」
「いや、別に……でも……それにしてもすごいね」
「へん?」
「変やないけど、変な感じ」
「変なんじゃん」
「いやぁ、あまりにも見慣れてへんからさー」
彼女は左手で、すっきりしてしまった首筋へと短い髪を撫で付けながら、へんかなー、やっぱ変かなー、と不安そうにつぶやいていた。
変じゃないけど、片山さんは長いほうが似合うと思う。正直な意見を述べると、彼女はあごを少し上向けるようにして、短く、知ってるよ、と言った。なんだかませた生意気な子供のような瞳をしていた。
そんなこと、とっくに分かってる
あなたが何も、知らないだけ
もしかしたら僕と彼女の間には、恐ろしく明度の高いガラスの壁があるのかもしれない。彼女はその壁の向こう側から、得意そうな、見透かしたような、温度の低い視線を投げかける。でも彼女はたぶん、僕に対して軽んじてるとか馬鹿にしているとかそういう思いを持っているわけではないのだ。
君の視線が冷たいのは、君自身が凍えているからだろう?
本当に尋ねたいことはいつも核心に近すぎて、いつだって、口に出すことさえ出来ないんだ。
「長さは仕方ないとしても、色はね、なかなかいいと思うんだけどなー」
色が白い彼女に、その淡い色合いは、まぁ見慣れない違和感を克服すれば、確かに、よく似合っていないこともない、かもしれない。
「うん、悪くないよ」
「でしょー?」
彼女は得意げに満足げに笑った。
笑顔が上手な人だ。いつだって、その笑顔の裏側なんて僕には察せないし、本物かどうかすら、わからないんだ。
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金色の時間 (vol.1)
http://ichimen.exblog.jp/4953322/
2006-06-08T14:52:00+09:00
2006-06-30T21:59:55+09:00
2006-06-08T14:52:36+09:00
ichimen_aozora
金色の時間
4限目のチャイムが鳴り響いても、彼女は教室に来なかった。この授業、取ってるはずなのに。木曜日の唯一被る履修。
今日、行政法のノート持ってきてくれるって言ったのに…。
どうでもいい瞬間にはあっけなく見つけることが出来るのに、探している時はいつもいない。僕から見た片山ちひろは、そういう人だった。
気だるい午後の授業を何とかやり過ごし、終了のチャイムとともに席を立った。一応、彼女の分のレジュメも貰っておいた。まぁ彼女のことだから、妙に広い人脈と伸縮自在の結束力で、レジュメなんて簡単に手に入れるのだろうけれど。
僕はそうはいかないからなぁ…一人ごちながら、明るい午後のキャンパスを巡る。彼女を探して。予約済みのノートが、彼女の取ったものかどうかは分からないけれど、そのノートが、僕の単位取得を助けてくれることは間違いないだろう。
学食にも図書館にもいない。自販機前のベンチにも。
ほんとに来てるのかな…念のため携帯をチェックしたけれどメールも着信もなかったから、急用って訳でもないらしい。
どこかにいるか、もしくは完全に忘れられてるか。
どっちかだ…
ぐるぐる歩く。ぐるぐる。
途中彼女とよく一緒にいるメンバーを何人か見かけたけれど彼女は一緒にいなかったので、これはもう、忘れられたってのが濃厚だろう。
あーあ。まぁ、仕方ないかなぁ。借りるのはこっちだし。
諦めて、少し早いけどバイトにでも行こうと思って正門前のバス停を目指していると、ふと、行き交う学生の群れの向こうに見覚えのある、限りなく金色に近い茶髪が見えた。
正門へと続く大階段の横に広がる芝生の傾斜に、彼女はひとりで、膝を抱えるようにして座っていた。
「なーにしてんの」
後ろから声をかけると、緩慢に振り返って、あ、時田君と平らかな声で言った。
「ひとりでなにしてんの?こんなとこで」
「んー。や、別に、特に」
「4限目出なかったやろ?」
「あー。うん。図書館で、資料読んでたら、気付いたら、寝てて、気付いたら授業始まってた」
そんなんばっかだな、この人は。
少しも悪びれた様子なく、淡々と説明をしたあともしばらくぼんやりとした様子で僕のことを見上げていたけれど、突然気が付いたように何度か瞬きをして、あー、と言った。表情が途端にはっきりした。
「そうか。ノートや。行政法の。去年の。うん、持ってきたで。すっごい奥に仕舞いこんでてなぁ、よかった、見つかって」
そういいながら、いつもながらに重そうな鞄をごそごそと漁ると、ばさっと分厚い束を差し出した。あ、やっぱりコピー。と言うことを突っ込むのは今更だし助かることには変わりないので、素直にありがとうと言って受け取る。
彼女がまだ立ち上がる様子がないのを見て僕も、無造作に荷物をどさっと落として近くに座り込んだ。
早速受け取ったコピーをぱらぱらと捲る。
「それで去年、私単位取れたから。一応去年の過去問もつけといた」
「なんやった?評価」
「『良』やった。普通やな」
彼女はへらっと笑ったのをみて僕も笑った。彼女は不真面目な学生だったけれど、意外と単位は揃えてる。彼女に言えばかなりのノートや資料を回してくれるし、つまりは、要領がいいというよりは友達が多いんだな、やっぱり、とまた何度目かの再確認をする。
僕とは違うタイプだ。明るくて、賑やかで。いつも誰かに囲まれていて。
僕とは違う。
似てるとこなんか…ない。
くらり、と、一瞬世界が傾いた気がした。重心を、頼りなく失うような。
僕の想いは、もしかしてただの羨望だろうか。彼女がひどく、眩しく思えるのは。
僕はもう彼女がとても好きだと思う。好きなんだ、と思うのに。
僕は振り落とされないように、いつものように意識して深呼吸を繰り返す。
彼女を見ていると、時々僕は。なんの前触れもなく。
ひとり混乱してしまうのだ。静かに、静かに。
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記憶
http://ichimen.exblog.jp/4803009/
2006-05-26T02:25:00+09:00
2006-05-26T04:41:06+09:00
2006-05-26T02:25:22+09:00
ichimen_aozora
未分類
引き寄せた顔に、ふわりと唇を寄せながら反射的にふと目を瞑る。
近くに寄った首の向こう側で、腕が余っているのが分かる。こういうとき、私の腕って長いなぁと、どうでもいいことを再確認したりする。
もう慣れた感触。唇の柔らかさは、人によって違うよな、なんてことも知っている。
触れてふと離れて。戯れるようにもう一度触れたら急に、背中に強く腕を回された。
ちょっと苦しい、と思う。のしかかるように斜め上から見下ろしていたはずなのに、あっという間に視線が入れ替わる。やっぱり力は強いな、と思う。
回していた腕を解いてソファについて体を支える。倒れてしまう事のないように。その間も、首と肩と背中にかかる重みを感じていた。
唇に触るのは、さっき私がしたみたいな微かな感触ではなくて。その柔らかさも何もかも、押しつぶすような荒っぽさだった。
のったな、と思う。罠にかけたわけではないけれど、誘ったのは私だろうか。
首に手をまわしたのは無意識だったけれどそれでも、強く引き寄せられる事を狙っていたんではなかったか。
強く、抱きしめられた背中が痛い。重みを支える腕も肩も首も、緩やかにしなっている。
目を開けないままで、自分で仕掛けた結果を受け止めながら、でも。
私は始終冷静だった。ずっと。目を閉じたままで。
この人の中で。私の存在はきっとずっと長く残るだろう。
いつか、今ではない未来に二人が別れてしまったとしても。
この人の歴史のなかに私はきっと残れるだろう。
私の中で、この人が残るかどうかは分からないけれど。
そう思うと、ちょっとした優越感が生まれた。冷静な頭の中で。
そしてひどく、愛しいと思った。今、誘われて身を寄せるこの人のことを。
嘘ではないのだ。何一つ。嘘ではない。
愛しいと思ったことも。手に入れたいと思ったことも。
偽りはない。誤魔化しもない。
ただ、始終頭のどこかが冷えている。
無意識にする計算を、きっとでも、この人だって見抜いているに違いないけれど、それでも。
誘われてくれるこの人が愛しい。きっと、本気で誘われてくれるこの人が愛しい。
だから私はまた、身長の割に長めの腕をこの人の首にゆるゆるとまわす。
支えを失った体が後ろに倒れていって、目を開けたら、彼の短い髪の向こうに白い天井が見えた。
完全に倒れこむ前に、強く回されていた腕はとけた。今は肩の辺り。真っ直ぐに見上げると、見下ろした彼と目が合った。柔らかに目を細めると、彼は急にぎょっとしたように身を起こした。
あ。我に帰ってしまった。
ごめん、という声が聞こえる。
ごめん、つい。と。
謝ることはないのに。私が誘って、あなたがのっただけなのに。
でも、そんな事は言わない。言わなくてもきっと、気付いているでしょう?
それでも彼は謝る。そして私は小さく笑って、また、ふとした瞬間に引き寄せて唇を寄せるのだ。そうやって、繰り返す。繰り返し繰り返しながらずっと、日々は流れていくのだろう。
この人の記憶の中に、きっと私は残るだろう。
私の記憶の中に、この人は残るだろうか。
残るだろうか。
よく、分からないなぁ。と、思って一人でちょっと静かに笑った。
だいたい、この人の中に私が残るのかどうかも本当は全然、分かるはずもないくせに。
ばかみたい、ねぇ、私。
一人で小さく笑っていたら、不思議そうな顔で、覗き込まれていた。
「なに笑ってるの?」
そういった彼だって、穏やかに微笑んでいた。
「何となく」
「そう」
先ほどの荒々しさはすっかりどこかに消えていて、彼の手が私の髪を梳く。ゆっくり。ゆっくり。
とても優しい。この人はいつも、とてもとても優しい。
「やっぱり色、白いねぇ」
「そう?」
「ここ、赤くなった。ごめん」
そういって、肩の辺りをそっと撫でていた。さっき彼の手が、置かれていた場所。
「ちょっと強く当たると、すぐ赤くなっちゃうのな」
「うん」
「ほんとに、色、白いなぁ」
でも大丈夫なの。肌が弱いわけじゃないから、すぐに元に戻るの。
白くても別に、繊細でもないの。全然。
そう思っていたけれど、言わなかった。
彼が優しくしてくれるのなら、それでいい。優しく撫でてくれるのならそれでいい。
変化の乏しい、何も変わらない日々がくるくると続いていた。
飽きるとか、飽きないとか、そんなこと、考えたこともなかった。
このまま、永遠にこのままだって構わない。
彼の中に、私が残らなくても。
私の中に、彼が残る事がなくても。
知っている。これは、幸せだ。
この安らかさは、幸せだ。
私は今、幸せの中にいる。
彼の手が暖かい。肩と髪の辺りを行き来するその暖かい手を取ってそのまま、冷たい頬に押し当てた。気持ちがいい。そのまま目を瞑る。本当に、気持ちがいい。
この人は、私のものだ。この人は今、私のもの。
だから私もあなたのものだと、目を開けたら伝えようと思った。伝えよう、と思いながらしばらくじっと、そのまま目を閉じて、冷たい頬が温まるのを待っていた。
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君の名を (vol.4)
http://ichimen.exblog.jp/4558778/
2006-05-04T04:19:00+09:00
2006-06-30T21:59:06+09:00
2006-05-04T04:19:02+09:00
ichimen_aozora
君の名を
ふいに佐々木は立ち止まる。
「ん?」
「彼女、名前は?」
「え?」
「名前」
「ああ。片山」
「片山、なに?」
「かおる。…呼んだことなんか、無いけどな」
佐々木は何か、耐えかねたような表情に歪んだ。たぶん、笑ったんだと思うけど。
「呼んで、みれば?」
佐々木の、言葉の趣旨が上手くつかめなくて、先を促すように黙っていた。
佐々木が小さく首を傾げる。それでも視線は真っ直ぐに届いて、そういえば俺はこの視線が、気になって好きになったんだよなぁと思い出す。
口を開く。高くも低くもない、聞きなれた佐々木の声。
「呼びたかったんなら、呼べばいいのに。案外、それで何かが、伝わるかもしれない」
「え…」
俺は本格的に言葉を失う。
佐々木はそんな俺を見て、やっぱり笑う。困ったように、静かに。
何てことだ。こいつにまで、俺は敵わないんだと思い知らされる。
じゃね、と短く告げてもう一度歩き出す。肩の辺りで振り返らないまま手を振って、今度こそ立ち止まらずに。
とりあえず俺は項垂れてみる。それからさっきの佐々木みたいにテーブルに顔を伏せて蹲った。
荷物を担いだ佐々木はいつも元気で、明るく笑って、人の輪の中にいて。どこか飄々としていて、その向こう側のことなんか考えたこともなかったんだ。
佐々木が薄っすらと笑う。大きな荷物。遠ざかっていく後姿。
ふいにやたらと遠くなってしまった印象。
いつだって、皆に囲まれて笑いるのに。
歪まない視線。
賑やかな気配に巧妙に隠された裏側。
ああ、佐々木は知っていたんだ。
俺は、気付きもしなかったのに。
きっと佐々木は分かっていて、それで、これで正しかったんだよねと笑ったんだ。
一年前。
俺は重ねていただけだった。例え無意識だったにしても。それでも。
俺は重ねていただけだったんだ。
彼女は今、どうしているだろう?楽しそうに、笑っているのだろうか?
取り繕うように、見透かされることのないように。
たとえ表だけでもいい。それでもいい。
彼女が笑っていたらならいいと思う。
君の名前を呼んだなら。
君は振り返ってくれるだろうか?
弾けるようなあの笑顔を、俺にも真っ直ぐくれるだろうか?
君が見つけて失った大切な人とは、どうなっているんだろう?
あの頃から、8年も経って。
今、俺は、君の大切な人になりたい。
本当は。ずっと、ずっと、なりたかった。
どきどきしていた。じっと、顔を隠すように学食のテーブルに蹲ったまま。
ゆっくり大きく呼吸する。ずっと、直視しないようにしてきた想いが。膨らんで、溢れて、広がっていく。
君は今……
目を上げる。半端な時間の学食は閑散としていて、見知った顔は見つからなかった。
傍らの鞄を持ち上げる。部活の道具が重い。ずしっと肩に担ぎ上げ、出口に向かって歩き出す。
何かが変わるだろうか。
彼女は、とても遠くにいるけれど。
会えることだって、ほとんどないけれど。
それでも未だ、懐かしいだけの想い出なんかじゃないと認めたのなら。今更でも。
何かが変わるだろうか?
その前に俺は、佐々木に謝らなくてはいけないけれど。
どうやって、伝えたらいいのかわからないけれど。
彼女はそんな必要ないと軽くあしらうかもしれないけれど、それでも。
俺はふがいなくて、だから、もう少し時間が必要だけれど。
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君の名を (vol.3)
http://ichimen.exblog.jp/4550108/
2006-05-03T04:01:00+09:00
2006-06-30T21:58:43+09:00
2006-05-03T04:01:42+09:00
ichimen_aozora
君の名を
「え?」
「そのとき何て言ってた?」
「ああ…水野の片思いは終わってないからなって」
「片思い、か」
「片思いじゃないの?」
「いや。まぁそうなんだろうけど」
果たしてそこまで行ってたかどうかすら、危うい。
認識していたのは、いつだって際立つように見えた彼女の姿だけで。
偶然に見つかるのではない、ということに、気付いたのだってだいぶ後のことだった。
探していたんだ。ずっと。いつだってきっと一人で立っているから。周囲に歯向かうように、全身で風を受けて立っているから。
彼女は避け方を知らなかったのだろうか?うまくやるコツってのがあるんだと、本当に知らなかったんだろうか?
何を守りたかったんだろう?
今となってはもう、彼女自身も覚えてはいないだろうけれど。
「可愛い子?」
「さぁ…どうなんかな。俺、顔とかどうでもいいしな」
「あー。そうみたいねー。じゃぁ、どこが好きなの?」
「別に好きじゃねーよ」
「いまさら取り繕っても無駄だと思う」
佐々木が、呆れたようなさめた視線を送って寄越すけど。でも。
好きかどうかなんて今となってはもうよく分からない。
彼女はだってもう、別人のようなんだ。
「好きっていうか」
「うん」
「ものすごく痛々しかった姿がすごく印象的で、な」
「痛々しい?」
「そう」
「華やかでわがままな子、ってイメージなんだけど。あんたの話からするに」
「そう、だね」
「どっちよ」
「どっちも」
「それって両立する?」
「今は、明るいよ、やたら。でもたまに垣間見ちゃうんだよなー」
「ちらっと?」
「そう」
「で、そのたびに思い出してしまう、と」
「そんな感じ」
佐々木はふいに大げさに溜息をついた。背を逸らすように椅子にもたれかかって髪に手をやって雑にとかした。
「重症だねぇ」
「そうかなー」
「重症だよ」
「だよなー」
あーあ。
佐々木はわざとらしく言って俺の事を見ないまま頬杖をついた。
「聞かなきゃよかったかな」
「聞いたのはお前」
「そうだけど」
佐々木が居眠りをするようにテーブルに蹲ると、少しだけ茶色い髪が午後の日差しを受けていつもより明るく光った。
そういえばこないだ会った彼女は、限りなく金髪に近くなってて驚いたな、と、俺は急に思い出す。色白な彼女に似合ってないわけじゃない、けれど、何故か理由もなくショックを受けたのはなんだったんだろう?
視線を感じて我に返ると、佐々木が顔を上げてじっと見ていた。
「なんだよ」
「いや別に」
佐々木は妙に真剣な顔をしていて、俺は変にたじろぐ。
「やっぱりこれが正しかったなーと思って」
「何が?」
「友達」
「は?」
「一年前」
一年前。俺は佐々木に告白して見事玉砕した。
佐々木はゆっくりと姿勢を正して、それから伸びをする。
傍らにあった荷物に手をかけて、椅子を引いて立ち上がる。
俺は座ったままで佐々木を見上げていた。
一年前、片思いだったのはやっぱり私のほうだよね?
さらりと言って、諦めたように穏やかに笑った。俺は笑えなかった。と、いうか、身動きすら出来なかった。
佐々木は固まっている俺を面白そうに見下ろしていて、尚も動けない俺にもう一度、今度はいつもみたいにからかう様ににやっと笑いかけると、反動つけて荷物を右肩に担いだ。
「じゃ。また後で部活でね」
俺は返事も出来なくて、彼女は返事を待たずに歩き出した。
多分、俺のために。
聞かなきゃよかったかな、といった佐々木が笑ってくれたのだから、俺も笑い返さなければいけなかったのに。
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君の名を (vol.2)
http://ichimen.exblog.jp/4540099/
2006-05-02T02:18:00+09:00
2006-06-30T03:39:22+09:00
2006-05-02T02:14:59+09:00
ichimen_aozora
君の名を
「俺にはさっぱり分からんわ」
「あんたは鈍いから」
「そうでもねーよ」
「鈍いよ」
「どこらが?」
「仏語のユミ。あんたに気があったじゃん」
「え?うそ」
「や、まじで。まぁもう、彼氏できて幸せみたいだから意味ないけどねー」
「早く言えよー。知ってたんならよー」
ユミは結構可愛くて好きな顔だったのに。
「言えるわけないでしょー?私ユミの友達だもん」
「尚更じゃねーか。何言ってんだよ」
「振られるの分かっててけしかけられるかっつーの」
「おまえなぁ。ユミならOKに決まってんだろ?」
「そうかね?」
「そうだよ」
「しないね」
「するって」
「しないよ。あんたは」
何故か佐々木は、呆れたように諦めたように断言した。
「これからどうすんのー?うちらももう卒業だよ。あんたどれっくらい彼女いないの」
「えーと。5年くらい…6年?」
「うわ。かわいそ」
「どーせもてませんからねー。俺はー。振られてばっかですよ」
何だか癪に障ったからちょっと水を向けてみたけれど、佐々木はまるで気にしない様子で腕を組みなおした。
「違うって。もてない訳じゃないって」
「じゃぁなんで彼女できないんだよ」
余りに一人身が長いからハードゲイ説も流れたが勿論そんなことはない(当然噂は水面下でもみ消した)
「好きだと言ってくれる子には見向きもしないから。好きだと言いに行く子は初めから見込みないって分かってるのばかりだから」
「好きだなんて言われてねーよ」
「雰囲気よ、雰囲気。いかにも興味ないっすって感じ」
「じゃぁお前は?最初から見込みなかった?」
「なかったよ」
「なんで」
「だって私その頃もう知ってたもん。大阪の子のこと」
「は?なんで?俺言った?」
佐々木に彼女の話をしたのは確か、振られた後だったはずで。
「誰から聞いた?」
「藤森」
「あ…」
「藤森も同級生なんだってね、その子と」
あの校舎に俺たちがいたのは、もう、8年も前の話だった。
長い廊下に、すりガラスから差し込む夕日が、ひどく綺麗な校舎だった。
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君の名を (vol.1)
http://ichimen.exblog.jp/4540085/
2006-05-02T02:12:00+09:00
2006-06-30T03:38:58+09:00
2006-05-02T02:12:07+09:00
ichimen_aozora
君の名を
きらきらと埃の舞う長い廊下突き当りで、西日を浴びて、立ち尽くしていた彼女のことを、僕は今でも、鮮やかに覚えている。
妙に挑戦的で、ひどく気が強そうで、何故か退廃的で、そして、どこまでも呆然と絶望しているような。
複雑に絡んだ感情は、一つの出口もないままに、自ら閉じた空気の中で、周囲を拒絶するほかなす術もなく立っていた。彼女は本当にひどい表情をしていて、僕はほおって置けなかった。
あの頃の君の事を。僕は決して忘れないよ?
もうあの頃の君は、どこにもいないけれど。
僕たちは卒業し、無駄な抵抗をあざ笑うかのように着々と成長した。
彼女はいつからか弾けるように笑い、花開くように開放された空気を纏い、いつのまにか、いつも誰かしらに囲まれていた。その強い視線の中に、躊躇いのない自信が覗いて、信じられる何かを見つけたのだと知った。たぶん彼女が、求めて止まなかった何か。それを漸く、そしておそらく初めて。手に入れたのだろう。
どこかずっと遠い世界へ、君はもう、行ってしまったんだと思った。
ああそうだ。君には笑顔が似合う。
ずっとずっと、そうじゃないかと思っていたんだ。
本当は、僕が。その役目を果たしたかったけれど。
君が笑って、幸せだと思った。
これでいいんだと思った。
それは嘘じゃないんだ。
「あんたのこと好きだった子だっていたのに」
そんなこと今更言われたって空しいだけで、だったら即行告白してくれれば誰だって快くOKしたのに、と嘯くと、佐々木はけらけらと笑った。空いた学食。学生憩いの場。
「あんたが鈍いのよー。それに、OKなんて出さないくせに。だからあんたは彼女が出来ないんだよ」
うるさい余計なお世話だ。大体にして、一年前俺は佐々木に告白して見事玉砕した。
俺に彼女が出来ないのはお前に振られたからだ、とはさすがにプライドが邪魔して言えなかった。今更、なかったことにしてくれるつもりならそれはとてもありがたい。
ぐちぐち言われたら身が持たない。
「何いってんの。俺なんてものっすごい大安売りしてんじゃん。OK出しまくりですよ」
「とかいっちゃってさー」
佐々木はわざわざ体を捻って俺の顔を斜めに見遣り、ついで視線をつま先から頭まで往復させた。
「何だよ」
「いやー…別に…」
「何だよ感じ悪い」
「で、大阪の子はどうした?」
まるで用意されていたかのように差し出されたその言葉に、俺は思わず、固まった。
大阪の子、というのは通称だ。
大阪に行ってしまった女の子。
大阪で暮らしている女の子。
あの時、長い廊下の向こう端にいた女の子は、そんなに遠くまで行ってしまった。
今はもう、走ったって届かない。
きらきらした埃の向こうに、見ることも出来ない。
本当は、君を名前で呼びたかった。
振り返る君が、見たかった。
「奴は知らん」
「こないだ会ったんじゃなかったっけ」
「ちょっとすれ違っただけだろ」
「で?何話したの」
「別に。特には」
「今誰と付き合ってんだって?」
「振られたって。だいぶ手ひどく」
「すれ違ったにしては結構話してんじゃん?」
佐々木はにやにやと笑い。俺はひどくばつが悪くなる。
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はるやすみ
http://ichimen.exblog.jp/4319235/
2006-03-31T00:51:00+09:00
2006-06-30T03:50:44+09:00
2006-03-31T00:51:49+09:00
ichimen_aozora
ふたり sideB
ひどく不安定な空白を抱えて
希望とか不安とか、そんなわかりやすい感情はなくて
揺れている、ただそれだけが、たしかな感触で自分を支える
目を上げて、その先に、見えていた背中の残像は強くて
いつまでも、いつまでも、消えないような気がしていたのに
手を伸ばせば、届いたはずの日々の中で、僕は欲しいものなど何もなかったけれど
君がいる、ただそれだけの、毎日の価値を知らなかった
教室の空気を揺らす君の声を、いつもきっちりと聞き分けていたけど
失う意味は考えないようにしていたんだ
揺れている。ただそれだけが
僕の感覚を支配する
自分がひどく軽い
目が回りそうだけど
止まってしまえば崩れてしまう
揺れている
時間は巡り
新しい日々が始まっても
きっと探して揺れている
雪もとけて、空が霞んで
君が遠ざかる春休み
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春休み (vol.7)
http://ichimen.exblog.jp/4196509/
2006-02-25T16:56:00+09:00
2006-06-30T22:14:15+09:00
2006-02-25T16:56:28+09:00
ichimen_aozora
春休み
表紙を上にして、元あったように机のうえに据え置く。
指先に残る、ざらりとしたつめたい感触を確かめるように、表紙をなぞる。
僕のではない、けれど、僕のと同じ卒業アルバム。
僕の3年間も閉じたのだ。この短い春休みをあければ、そこにはまるで、新しい日々が待っている。見知らぬ人と、見知らぬ場所で、僕はまた自分の居場所を、一から作り直していく。
まるで新しいようで、きっと。
どこかで知っているような気だるい循環。それは結構、面倒な事にも思えるけれど。
螺旋階段をぐるぐると上り続けるように、さして変わらない景色を眺め続けているうちに。
いつか僕は、知らずにおとなになるだろう。
いつの間にか兄貴の考えている事とかが、よく分からなくなったように。
僕もきっと、さり気なく滑らかに成長していくのだろう。
何も、劇的な何かなんかなくたって。
僕たちは上り続ける。変わらない毎日に悪態をつきながら、目新しい何かを探し続けて。
ぐるぐると、ぐるぐると、果てなく希望もないような気がしたって。
上げた視線の先には、ぽかんと開けた空がある。
あまりに広すぎる青空の中で、ふいに闇雲な不安に苛まれたとしても。
それでも、僕は、決して独りではないだろう。
親しかった友達と、はしゃぎまわった部活仲間と、ちりぢりに離れてしまったとしても。それでも。
みんな、みんな、ぶちぶちいいながらそれぞれの螺旋階段を、登り続けているに違いないから。
見渡した広大な視界の中に、今はまだ、なにも見つけられないとしても。
いつだって、いつだって、そうだったじゃないか。未知の未来は、いつだって不安を掻き立てるけど。
真っ白な未来は、明るく耀いて僕を誘う。
僕は高校を卒業した。この短い春休みを抜けたら、大学生とやらになるらしい。
大学生の生態というのは、あいかわらず謎に満ちているけれど。
まぁいいか、なんだって
凄く楽しいかもしれないし、別にそうでもないかもしれない。
刺激に満ち満ちているかもしれないし、退屈がまつわりついているかもしれないけれど。
まぁいいや。とりあえず。
振り返ってみた高校時代は別に、楽しいばかりだったはずもないのに。
思い浮かぶ断片はどれも、柔らかに暖かく彩られているから。
だからまぁ、そんな感じで。
まだ見ぬ広大な未来とやらも、きっと幸福な日々であればいい。
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春休み (vol.6)
http://ichimen.exblog.jp/4192467/
2006-02-24T13:26:00+09:00
2006-06-30T22:14:29+09:00
2006-02-24T13:26:56+09:00
ichimen_aozora
春休み
開けば沢山の写真が並んでいて、沢山の顔が笑ったり戸惑ったりしている。でも、どんなに探しても、兄貴も先輩も片山さんもいない。どこにもいない。
表紙の見開きにはやっぱり色とりどりのメッセージが並んでいるけれど、そこには先輩の奔放な雑な文字も、片山さんの濃紺色の小さな文字もない。
当たり前だけど、それを僕は悔しいと思う。
どうしたって、どうにもならない。仕方がないことだ。そんなことで僕と兄貴を比べるなんて馬鹿馬鹿しいって分かってる。分かってるけど。それでも。
やっぱり羨ましいよ…
僕は言葉を耐えるように、大きく息を吸い込んだ。少しだけ目を閉じて、少しだけ息を止めて、それからそっと吐き出した。静けさを守るように、そっと。
まだおとなになりきれない僕たちの前には、だたっぴろい広大な道があって、そのずっとずっと前のほうに、片山さんがいて、先輩がいて、兄貴がいる。
僕は遠く、彼らの背中を追いかけている。4年分の距離は、縮まることなく、広がることなく、横たわり続けて。
僕は、追いつくことは出来ないのだ。永遠に。
僕の3年間は、彼らとはまるで別物だから。
本当に全部、どうしようもない事だけれどな。
兄貴は形山さんに会えるのだろうか。
きっと、会えるのだろう。兄貴は彼女の連絡先を知っているのだろう。
僕の知らない、彼女の携帯の番号も、住所も、大学も、きっと、僕の知らない様々な事を。
兄貴は知っていて。だから。
兄貴にとっての片山さんは、僕の記憶にあるよりももっとずっと、確かな輪郭をもった鮮やかな人なのだろう。
例えば思い立って、はるばる会いにいけるくらいに。
僕にとっての彼女は、どれも真夏の中にいる。ふわふわの金髪が風になびいて、淡く笑って、それで、それだけだ。
この街にいない片山さんの事を、僕はまったく想像できない。見知らぬ街にいるはずの片山さんは、薄くぼやけて霞んで、どれだけ思い浮かべようとしても、輪郭を持ってはくれないのだ。
だから僕は、あいにはいけない。
今はまだ。
だけどもし。
もう一度会えるならそのときは。
そのときは?
僕は一人、気恥ずかしくなって俯いて苦笑した。
そのときのことなんて、分からない。
そのときのことなんて、まぁ、そのとき考えればいいや。
あっさりと、だれか別の人を好きになっているかもしれないんだし。
人を好きになる瞬間なんて、本当に計り知れない。予測不可能。自制も利かない。
その事を、僕はいまや身をもって知っている。僕が片山さんに教えてもらった、数少ない真実のひとつだ。
なにしろ二つもサバ読んでたからなー…あの人
ま、勝手に勘違いしただけだけど。
あの夏の事は、少しずつ霞んでも、今でもちゃんと覚えている。
このままずっと薄れていっても、僕のこころの片隅に、いつまでも消えずに残ればいい。
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春休み (vol.5)
http://ichimen.exblog.jp/4183636/
2006-02-22T01:25:00+09:00
2006-06-30T22:14:42+09:00
2006-02-22T01:25:54+09:00
ichimen_aozora
春休み
謝る理由なんて何もないじゃないか。なんだそれ。
ばかにしてるよな…
携帯電話をベットの上に投げつける。開いたまま置いてきたアルバムの事を思い出してもう一度兄貴の部屋に引き返しながら、僕は、兄貴が乗ったであろう特急列車の事を曖昧に思い浮かべる。
電波の向こうから聞こえた歪んだ喧騒。けたたましい発車ベルと、耳障りなノイズ。
それから、修学旅行で一度行ったきりの西の街。ぼやけた記憶の中でなお、ありえないくらいの人の群れと、鮮やかな街並み。
色んな店があって、目新しいものに溢れていて、片山さんが住んでいる街。
そこは遠い世界だ。僕にはまだ、届かない世界
兄貴には届くのだろうか。
きっと、届くのだろう。
だって、僕と片山さんの間にあるのはささやかなだけの偶然だけど。兄貴にはもっと、確かな理由がある。
僕には絶対に手に入らない時間を、共有していたという歴史が。
やっぱり羨ましいよな…
いつ見ても、何度見ても、変わらない位置と色で残り続ける言葉はずっと、もう消えてしまうことはないのだから。
片山さんには彼氏がいて、それが同級生で友達で、二人はいとこ同士みたいに似通っていて仲がよくて、ずっと何も、言えなかったんだとしても。
同じ三年間を、同じ校舎で、過ごして過ぎ去って、今もこんなにも完全に閉じている。
離れ続けていくばかりだとしても、もう二度と重なることはないんだとしても、それでも同じ延長線上に、同じ時間軸のなかを生きている。
僕なんて、初めから、まるで蚊帳の外だったんじゃないか。
僕がどれだけ望んでも、どれだけ強く思っても、兄貴の隣には並べない。
片山さんの目の前には立てはしない。
去年の夏は、強烈に暑くて、それで。
陽炎のように揺らいだ偶然の中で一瞬。ほんの一瞬。すぐそばにいられたような気がしたけれど。でも、そんなのは。
錯覚だ。ただの。
あの時、片山さんが僕を真っ直ぐに見ていたのは、ただ懐かしかっただけなんだ。
日に焼けた僕と僕の鞄と自転車に、先輩を透かして見ていただけなんだ。
そんなこと。
分かっていた。
分かりたくなんかなかったけれど。
分かっていたんだ。
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