カテゴリ:君の街( 10 )
西の街 (君の街 vol.10)
 例え俺がどんなに頑張っても、だめなんだろうな、と思う。
 俺は昔から片山のことが何となく分かる気がする。片山が滝に言ったっていう、正しくてやりきれないって気持ちも、分かる気がする。
 それはたぶん、俺が、感覚的に、滝よりも片山に近いからなんだろう。
 それでも片山は滝を好きになったのだし、たぶん、滝より俺が先に告白していても、他の同級生みたくふられただけだったと思う。

 きっと、時期が違ったって、結果は同じなんだ。

 それでも言ってしまえば取り消せない。隠して、誤魔化して、目をそむけてやり過ごす事はもう出来ない。今までずっと俺の真ん中で手を振っていた片山だって、過去へ過去へと流されていって、残像になる。
 いやでも進まなければならない。新しい世界に、新しい人に、正面から対峙しなければ…
 ずっとそれが怖かったけれど、もう、逃げ回れる時期も過ぎたのだろう。
 明るく光る携帯の画面に並ぶ数字。
 きっと振られるだろうけど…俺は穏やかに諦めている。
 いつだって、いつだって、彼女は遠くにいたじゃないか。このままだって、振られたって、別に何も、変らない。一度だって、すぐそばに来たことなんてなかったんだ。一度くらい、自分から近づいてみても、いいのだろう。
 彼女の電話番号を見つめながら、ふいに思いつく。
 どうせ一度なら、せっかくだから、直接面と向かって伝えようか…
 卒業してからずっと、会いに行くことなんて、考えた事もなかったけれど。
 積み重なったこの想いを、手放す覚悟があるなら。もう何も、こわいことなんて何もない。
 万が一、万が一にも手に入るなら。大事に大事にすればいい。きっと幸せにすればいい。

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by ichimen_aozora | 2005-07-21 18:47 | 君の街
真ん中 (君の街 vol.9)
「彼女と上手くいってんの」
「まぁまぁそれなりにな」
「片山の事は、もう、どうでもいい?」
「どうでもいいって事はないけど」
「じゃぁ、今度は俺が貰っていい?」
「貰っていいって、だからあいつ、誰かと付き合ってんじゃないの?」
「だから、そんなこと、俺には関係ないって」
 片山が今、誰と付き合っていようと。あれから何年経っていようと。
 きっと、そんなことは結局何の関係もないんだと思う。
 どうせ。今も。
 そして。これからも。
 片山のこころの中心は、滝がもっていってしまったままなのだから。
 俺たちは、もう戻れない。誰だって皆戻れないんだ。
 あの頃。16歳。
 まだ今よりもずっと子どもだった自分たちはひどく純粋で、だから、その想いにはもう敵わない。俺たちはきっと、あの頃の俺たちには敵わない。
 これから誰が現れようと。どれだけ時間が立っても。
 片山の真ん中には滝がいる。
 俺の真ん中で片山が手を振るように。

 でも滝は。
 滝は違うのかもしれないな。
 俺には、滝はまだ、キズもなくくすみもなく透明に見えるから。

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by ichimen_aozora | 2005-07-20 03:24 | 君の街
理由 (君の街 vol.8)
「より戻したりはしないのか?」
「今更か?今更だろう?」
「そうかな」
「そうだろ。だってもう何年前だよ。俺、今、彼女いるし」
「そんなこと、関係ないじゃん」
「そういうわけにもいかないだろ」
「片山は?」
「さぁ。ちょっと前は誰かと付き合ってたけどな」
「指輪してたってさ」
「指輪くらいするだろう。もう、ガキじゃないんだし」
「どんな指輪だったかは知らないけど」
「お前の弟か?情報源は」
 ちょっと困ったような顔をして、滝が珍しく言い当てた。

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by ichimen_aozora | 2005-07-20 02:05 | 君の街
初秋 (君の街 vol.7)
 ひどく暑かった夏が終わって、だらだらと続いた残暑が落ち着いた頃、随分と久しぶりに滝に電話をかけた。飲みに行こうぜと誘ったら、拍子抜けするほどあっさりと滝はやってきた。
 久しぶり、なんて挨拶も抜きで滝は、しょっちゅう会っているみたいに懐っこく笑って、最近どうしてるだろうなんて考えていたのは、俺だけだったみたいだ。

 なんだか妙にうまくいった就活は梅雨前には内定は下りていて、まだ正式ではないけれど、たぶん俺はこの街を出ることになる。そのことを伝えようと思ったのだけれど、そんなことは口実に過ぎなくて、結局。

 俺は片山のことがずっと気になっていた。
 夏の真ん中で。図書館で見かけた弟の背中の向こう側に見つけた、懐かしい彼女の横顔の事が。
 あの日から消えない彼女の記憶を、俺は誰かと共有したかったんだと思う。
 あの頃のころをよく知っているはずの、誰かと。

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by ichimen_aozora | 2005-07-20 01:53 | 君の街
視線 (君の街 vol.6)
 夏休みが終わって、二学期が始まって、当然浪人するのだろうなと思っていた弟の偏差値が飛躍的に伸びているのを知って驚いた。馬鹿ではないと知っていたが、さすがに短期間でここまで持ってこられると兄の俺が意味もなく狼狽してしまう。
 片山に勉強でも教わっているのかとちらりと考えたがそういうわけでもないらしい。弟は厳しい顔をして、学校だ予備校だ図書館だと忙しく回っていた。
「お前、浪人しなくてもいけるんじゃないの?」
「現役ではいる」
「まじで?」
「浪人はしない」
 やけに毅然とした態度で言い切って、妙に挑戦的な視線を向けてくる。弟に睨まれる筋合いはないと思うのだが、なにか、気に触るようなことを言ったのだろうか。
「どこ狙ってんの?」
「まだ未定」
「片山の後でも追うつもりか?」
 ほんの軽口で行ったつもりが、思いっきり禁句だったらしい。さすがに長い付き合いで、表にはさっぱり現さないままで弟が静かに切れたのが分かった。
「兄貴は全部知ってたんだろう?」
 ちらちらと揺れる瞳に隠してるはずの繊細さが覗いて、ああやっぱりまだまだ子どもなのだと思った。
 俺とは違う。まるで確かに。
 俺だったらもうあんな眼はしない。
 そうだ、きっと片山も。もうあんな目をしたりはしないだろうに。
「片山は元気?」
「帰ったよ」
「ああ、もう大学も始まるのかな」
「向こうで就職するって」
「まぁ大阪は都会だからな」
「もう戻っては来ないって」
「そうか」
「どうせ兄貴は知ってたんだろう?」
 

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by ichimen_aozora | 2005-07-18 04:32 | 君の街
追憶 (君の街 vol.5)
 滝と別れた片山は、すっかり遠い人になってしまった。帰ってきたという噂も聞こえてこないから、きっとほとんど帰ってきてなかったんだと思う。
 惨酷な正確さで時間だけが淀みなくめぐり、結局滝とも疎遠になってしまった。俺は俺で、大学に馴染むにしたがってサークルやゼミやらで忙しくなっていったし、西は西で、1浪して俺とは違う地元の大学に入って、慌しく浮き足立ったような日々を送っていたのだろう。
 俺たちはめったに会わなくなり、連絡も取らなくなり、そして、気付けば話す内容すら思いつかなかった。
 記憶の仲で高校時代は遠く遠く彼方に押しやられ、目の前の大学生活はぞれまでに比べればずっと自由で、軽やかで愉快で、何故か平べったいものだった。
 ふと我に返った瞬間には孤独の形が見えてしまう、そんなことが、不思議に理由もなく分かっていて、だからなるべく目をそらしていた。
 大学には自分の座席もなく、部室もなく、よるべがないままで、ただ何も気にしなければ楽しい日々だった。
 

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by ichimen_aozora | 2005-07-08 00:31 | 君の街
選択肢 (君の街 vol.4)
 俺たちは卒業し、そして予想通りに、それぞれがそれぞれの進路をとってばらばらに散っていった。
 あるものは地元に残り、ある者は東に行き、ある者は西に行った。
 就職と言う選択肢をとるものは今年もいなくて、数年のうちに皆が大学生になるだろう。高校時代という特別に聞こえる3年間はあっさりと幕を閉じ、俺たちは大学生や予備校生になった。
 俺は地元の大学に合格して、大学生をやっていた。
 滝は結局浪人して、地元の予備校に通っていた。
 そして片山は。関西の大学に合格して、この街を離れていった。片山は成績優秀だったから、その選択には誰も疑問を持たなかったし、誰も反対しなかった。

 片山は単身西に行き、あとには風のように内容のない些細な噂話だけが残っていた。
 他の誰も、何も、理由など考えなかっただろうし、そんなものは必要なかったのかもしれない。だけど、片山はもうずっと昔から、この街を離れることを決めていたようだったと滝から聞いた。
 片山は自分の家を、そしてこの街を、ずっと離れたかったらしいと言っていた。
 滝も詳しい事は知らないらしい。俺も特に、つっこんだ話を無理に知ることもないのだろう。
 どんな理由かは分からない。それでも、避けられない道がある。
 滝とのことを、考えなかったわけもないだろう。
 それでも、選ばざるを得ない選択がある。
 だって、俺はもう知っている。片山には痛みがある。決して見せはしないけれど、抱えて消えない傷がある。だからきっと、この街を出たのだろう。懐かしい風景の中に、親しい友人を置いて、付き合っていた人を置いて。

 片山には傷があったのだ。と言う事を、ようやく理解できる程度に、俺は大人になっていた。

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by ichimen_aozora | 2005-06-25 02:20 | 君の街
ふたりのこと (君の街 vol.3)
 片やつかみ所ない才媛。片山は不真面目だったのに本当に頭が良かった。そして片や明快な部活ばか。
 明らかにミスマッチだ、と思われていた二人は予想に反してひどく仲が良かった。そしてそのうち、他の組み合わせが思いつかないほど見慣れた二人になっていた。
 先生達すら知っていたんじゃないかと思う。二人は淡々と付き合っていた。喧嘩や別れ話のシーンなんて見たこともない。そういう意味ではひどく話題性のない二人だった。けれど、たぶん、学年では一番有名な二人だったと思う。

 特にべたべたしていたと言う記憶はない。むしろ、学校にいる間はあえて別行動をとっていたように思える。片山は、クラスメイトの滝と彼氏の滝をしっかり分けようとしていたんだと思う。同じクラスのくせにさして喋りもしない二人が、学校の外では、ひどく仲良さそうに手を繋いで歩いていたりする。俺はそんな二人をよく目撃していた。
 滝はよく、片山を自転車の後ろに乗せて走っていた。片山は後輪に立ったまま滝の肩を抱くように腕を回して掴まっていて、あれは、なんだか、見本みたいなカップルの図だった。片山が自分と滝の鞄を二つ交差にして両肩からかけていて、綺麗な髪が風に乗って。

 そういうときだけだ。俺が、滝を羨ましいと思ったのは。どこか、ぐっと、胸の奥がひどく苦しかったのは。
 だけど、割って入ろうとは思えなかった。二人は本当に仲が良くて、壊せる気がしなかった。壊したいとも思わなかった。
 俺はただ、時折息苦しさに耐えながら、何となく遠巻きに眺めていただけだ。
 
 二人はあのままずっとずっと行けばいいと思っていた。
 それは予測とか言うよりも、俺の希望的観測のようなものだったかもしれないけれど。
 二人はあのままずっと一緒で、いつか結婚でもすればいいと思っていた。
 拗ねてるわけでもひがんでるわけでもなくて、俺はこころからそう思っていたんだ。
 二人は俺たちの小さな希望で。
 誰も言い出さない控えめな羨望だった。

 

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by ichimen_aozora | 2005-06-22 03:09 | 君の街
片山のこと (君の街 vol.2)
 片山は、さほど目立つ要素のないような普通の生徒だった。それなのに、ひどく有名な人だった。
 それは、付き合う前も後もさほど変わらなかったから、それが原因なのではないと思う。
 明るくて不真面目で頭が良くて適当な生徒だった。なんなんだそれは、というようなまるで食い違う形容詞だけれど、何故だかしっくりと併せ持っているような人だった。
 可愛くないわけじゃない、とは思うけど、世の中可愛い人なんてのはたくさんいる。クラスにも学年にも片山より可愛い顔をした子はいたし、目を見張るようなスタイルの子もいれば、驚くほ どセンスのいい子もいた。
 だから片山はさほど特別ではなかったと思う。思うけれど、彼女には何か気にかかる要素があったと思う。でもそれはいわゆる、守ってあげたい気にさせる、とか言うものではまったくなくて。もっと、もっと神経に近い部分を一瞬掠めるような。
 当時俺たちはまだまだただのガキで、それがなんだか分からなかった。分からなかったけど、何かが気になって、妙に気に障って振り返る。と、そこには何故だか片山がいる。そういう感じ。

 今なら分かる。それはなんていうか、傷跡や不信や警戒と言った、なにか張り詰めた要素だった。彼女は明るく、ノリもよく、適当にさばけていて付き合いやすい人だったけど、どこかに絶対零度の一線を持っていた。俺はその気配だけを感じて振り返るけれど、そこにはそつなく笑う彼女がいるだけだった。

 何かがあったのだろう、きっと過去には。それは、言葉にしてみればほんの些細な出来事なのかもしれない。それでもどこかが傷ついていたのだろう。目に見える傷口は例えなんてことないかすり傷に見えたとしても、傷は必ず痛みを伴うのだ。必ず、本人だけが感じる痛みを、なにも知らない他人が、気のせいだとは笑い飛ばせない。

 彼女は賢く、用心深く、恙無い日々をきっと必死で手繰っていた。軽やかな日々に紛れてほんの一瞬だけ掠める翳。彼女は決して、まばゆいばかりに輝いた人ではなかった。けれど、彼女の持っていたギャップは、その正体に気付かせないままで、ひどく人をひきつけた。

 彼女は有名な人だった。誰も、振り返る意味に気付けないままに。彼女は気になる人だった。それは、俺も、例外ではなく。

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by ichimen_aozora | 2005-06-14 03:12 | 君の街
偶然 (君の街 vol.1)
 部活を引退して、俺の時と同じようにしばらくほうけているかと思ったら、弟はいそいそと図書館に通っていた。やけに通いつめてるなと思っていたら、どうやら片思いなんかしてるらしい。受験生の癖に、と思わなくもないが、往々にしてそういうものだろう。

 追い詰められたこころのどこかが、ふいに見つけてしまうのだ。
 普段なら気にもしなかったはずの瞬間を、妙に克明に捉えてしまう。
 きっとそんなもんなのだろう。まぁいいじゃないか、高校時代なんて限られているのだから。そんなことを思って、俺はさして気にも留めていなかった。

 弟の恋路なんてに興味はない。弟が誰を好きになって誰にフラれてこようとも、俺には別に関係ないし。本当に、日常に紛れてすぐに忘れてしまうような他愛無い事のはずだったのに。

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by ichimen_aozora | 2005-06-10 03:46 | 君の街