カテゴリ:side by side( 14 )
side by side  ―side 狩野― (vol.4)
 弱々しい自転車のライトが、薄っすらと周囲を照らす。
 ふたつ、重なった部分だけが、いっそう明るく透き通る。
 それはどこか、未来を切り開く鮮やかなイメージで。
 一人では霞んだままの世界が、もしかして誰かと一緒なら、嘘みたいに開けていくんじゃないのか?
 なんてな。
 冗談紛れに想像してみる。
 それはなんて優しくて、なんて難しい条件だろう。

     あー…まじで。誰か、いないかな…

 高校時代なんて、彼女がいるかいないかで雲泥の差なんだよ、ほんとに。
 自分以外の誰かを、それほど強く思えるなんて。
 すごい、幸運だって思わないか?
 下世話だなぁ狩野はって、田島は笑うかも知れないけれど。

 こんな不安定で中身のない俺に、田島は何を託そうというのだろう。
 あいつは俺の事を、何故なんだかひどく買被っているんだ。

 伸び上がるように上体を起こす。腕を伸ばしてハンドルに体重をかけて、そのままペダルに立ち上がる。坂でもないのに立ち漕ぎをすると、スピードがあがってTシャツがはためく。

    あーー…いーい、風

 このまま紛れてしまいたい。些細な自分も、他愛ない鬱屈もすべて。
 このまま溶けてしまえばいいのに。
 強く風がふくと時々、そんなことを考える。時々。ほんの時々だけれど。

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by ichimen_aozora | 2005-12-13 07:40 | side by side
side by side  ―side 狩野― (vol.3)
 駐輪場の入口に着いた時点で、左はじのほうに相川がいることには気がついていた。
 ちっ…ニアミスか。かちあう前に出ようと思ってたんだけど

 さりげなく目をこらすと横にあるのは見覚えのある、田島のチャリで、おおかた田島に乗せて送ってもらうのだろう。
 幸い桜井は気付いてないようなので、俺は軽快さを心掛けながら桜井に話し掛け続ける。
「お好み焼きとラーメンどっちがいい?」
「え、どっちでも」
「じゃあ俺はー」

 かしゃんと音がした。
 桜井が、振り返ってしまう。
 あーあ。
 その瞬間、桜井の表情が、かすかに、でもたしかに強張るのを、なす術もないままで見送っていた。


     ほらみろ田島。おまえがさっさと覚悟を決めないから。誰も彼も傷だらけじゃないか
 こころのなかで悪態をつきながら、でも誰も彼もって誰だ?と反射的に分析する。
 俺か?まさかな。
 俺は今、傷ついてなんかないだろう?自問してみたけど、実際のところよくわからなかった。
 桜井がすきなのかどうかなんて、やっぱり俺にはわからないよ。
 ただ、無駄に傷ついたりはしないとのいいに。
 それは個人的な思慕なのか部活仲間に対する一般的友愛なのか。
 だれか俺の代わりに、きっぱり決め付けてはくれないだろうか?
 そのほうがよっぽど、信用に値する気がするのに。

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by ichimen_aozora | 2005-12-05 17:27 | side by side
side by side  ―side 狩野― (vol.2)
 冷静だ、そつがない、と人には言われる。
 同時に、何考えてんだかわからないけど、と思われていることも知っている。
 まったくその通りだ、と思う。
 わかんないだろうな…
 何しろ、自分だってよくわからないのだ。

 別に世間に無関心なわけではない。むしろ積極的に関わっている方ではないか。
 他人のことにはたいした理由もなく結構心を砕いている。例えば今みたいに。
 回りの人間の揉め事や懸念の、結び目の位置は不思議とよくわかる。どこをどう引けばうまく解けるかということも。
 ただ、ひとたび自分のことになると皆目検討もつかない。
 今、自分のこころが、誰にむいているか、なんてことすらさっぱり。
 すべては一定の低温で、ひどく平らかで滑らか。掴み所もないまま、俺の些細な逡巡とはかけ離れたところで、完璧に自己完結している気がする。
 隣をあるく桜井の、のぞみを確かにひめた視線はちょっと重い、と思う。田島の、不器用に抱えたままの片思いは痛々しい、と思う。
 そんなもの、扱いが面倒そうだから別にいらない、とさめた態度を取ってはみるけれど結局のところ、やっぱりどこか、いつも羨ましかった。

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by ichimen_aozora | 2005-11-28 18:57 | side by side
side by side  ―side 狩野― (vol.1)
「狩野は桜井がすきなの?」
 無邪気な顔をしてなんてことを訊くのだ、と思った。
「桜井のことはみんな好きだろ?」
 辛うじてそう答えたら、納得したみたいで安心した。
 どっちかって言うと好みは相川、なんて、白々しいにも程がある軽口をたたいてみたら、狩野は簡単に信じてしまった。
 まぁ。あながち嘘ではないけれど。ああいう、背の高い運動神経のいい子は嫌いではないけれど。

 嫌いではない、と、好き、の間にあるなにものか、を随分前から考えている。
 きっとひどくさり気なく、しなやかで強靭で、確かな存在感を湛えた境界だろう、と想像している。

 狩野は誰が好きなの、と、聞かれなくってよかった。
 そんな難しい事を聞かれたら、本当に答えられない

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by ichimen_aozora | 2005-11-22 01:17 | side by side
side by side  ―side 桜井― (vol.2)
 彼女は前の籠に荷物を積んで、でも自転車の横に佇んでいた。

    待ち合わせ、か。……田島君と

 どうせいつだって彼の行動は私とはまるで関係がないのだ。いつだって。
 この人のためなのだから。

    田島君のこと、好きでもなんでもないくせに
    なんで独り占めなんかするのよ

 そう思ったところで、不意打ちのように肩を叩かれた。びっくりした。
 思考が暴走しそうになってたことには、そのときようやく気付いた。

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by ichimen_aozora | 2005-11-07 05:39 | side by side
side by side  ―side 桜井― (vol.1)
「桜井?あけていい?」

 扉の向こうからそんな礼儀正しい声が届いて、それが狩野くんだとわかった。
 立ち上がって、扉を空ける。途端に狭い部室の中を風が舞って、慌てて手元を押さえた。
「まだ帰らないの?仕事?」
「ああうん。スコアとか部費とか、色々」
「わるいね、いつも。任せきりで」
「だってマネージャーだしね」
 狩野君が、いつものように感じよく笑う。狩野君はいつも、はかったように同じだけ感じがいいのだ。
 
「でもさ、今日はもう上がったほうがいいよ」
「え?」
「あいつもさ、そろそろ引き揚げてくるから」
 そう言って、コートの方をさす。そこには一つだけ、ちいさく人影が見えた。
 何してんだろ。そう思ったけど考えるのはやめた。
 どうせ、私とは関係ない理由で留まってるに違いないから。

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by ichimen_aozora | 2005-11-02 03:45 | side by side
side by side  ―side 田島― (vol.8)
 そのとき確かに、とあるひとつの世界は終わった。
 穏やかで安らかで、平和な凪のような時間は終わってしまった。
 壊してしまった。もう戻せない。

 初めて正面から挑んだ相川の瞳は、今はただ混乱して揺れていた。
 その瞳に映る自分は、予想していたより冷静だった。
 例えばいま、引き寄せて抱きしめて。キスなんかしたらどうなるだろう?
 何か新しい世界が始まるだろうか?
 俺たちはもう、平和なだけの関係には戻れないけど。
 新しい世界には波も嵐も訪れるだろうけれど。
「すぐじゃなくていいんだ。別に今すぐじゃなくても」
 宥めるような、猶予を与えるような、そんな優しげな言葉をかけている自分は卑怯だなと思う。
 だって相川は降られたばかりで。
 そうやって気付かせないままで、じっくりと追い詰めている。
 ずっと一緒にいた。だから分かってる。
 相川は俺を嫌いにはなれない。だから簡単には突っぱねられない。
 そんなこと分かりきっていて、卑怯でもそれを利用するんだ。

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by ichimen_aozora | 2005-10-21 05:34 | side by side
side by side  ―side 田島― (vol.7)
 夕焼けの町は、いつもの通りに鮮やかで優しかった。
 俺は、この沈み行くような時間が好きだった。
 赤くて、眩しくて、一瞬で。
 幻みたいにすぐに消えていく。

 相川を自転車の後ろに乗せて帰るのことには慣れている。俺たちは小学校も中学校も同じで、だから家も近くて、相川がバスで登校した日には、ついでだからと乗せて帰る。
 それはよくある光景で、慣れた日常のひとコマで、別に、特別な意味なんかないはずなのに。
 両肩にかかる微かな重みが、その手の、感覚が。今日に限って妙に生々しくて、どうしたらいいか分からなくなる。
 相川の何が変わったのかな、と、思ったけれど。
 違う。
 変わったのは、俺だ。

    狩野が余計なことを吹き込むからだ…
 どうせなら、百戦錬磨の口説き文句なんか教えてくれたほうが良かったのに…

 駆け出しそうな鼓動を押しとどめるように、俺はゆっくりと深呼吸する。
 肩につかまる相川に気付かれないように、そっと。

「私さぁまた振られたわ」
「うん」
「もう何度目だっけ」
「さぁ」
「なんか、振られてばっかよね」
「だな」

 なんでかなぁ…?私、なんかだめなのかなぁ?と、呟いた言葉は、平静を装っていたけどうまく取り繕えていなくって、なんだか痛々しく響いた。けれど、俺はそれにも気付かないふりをしてしてやった。
 相川がうまくいかない理由なんて俺には分からない。けれど、うまく行かなくていいと思ってる。
 全然、まったく構わない。そのほうがずっといいに決まってる。
 でもたぶん。いつか、もうすぐそのうち。
 気付く奴なんて出てくるんだろうな。俺以外にも。
 相川は、凄く綺麗に走って。それは、音もなく吹きぬける風みたいで。
 相川の手は予想よりずっと華奢で、頼りなくて。
 かけがえがない存在だと、気付いて手に入れたくなる奴が。

 そいつを目の前にしたとき。その隣に並ぶ相川を見たとき。
 俺はどれだけ平静でいられるだろうか?

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by ichimen_aozora | 2005-10-17 20:22 | side by side
side by side  ―side 田島― (vol.6)
「帰らないの?」
 いつの間にかそばに来ていた相川は、ジャージから着替えてすっかり帰り支度を整えていた。
「待ってたんだよ、お前のこと」
「着替えないの?」
 見上げた相川の顔は、いつもと変わりないように見えた。頬にも 目にも、泣いた形跡がないことを確かめる。
「お前、また振られたろう」
「なんでしってんの。見てた?」
「見てねーよ。それくらいバレバレなんだよ」
「なにそれー」
 俺達はもうだいぶ長い付き合いで、だから大抵のことは、普通よりもちょっと少ない言葉で足りる。
 だけどそれだけでは伝わらないことは確かにあって
 しかも、伝えられないでいるうちに余りにも大きくなってしまって。
 今更、途方に暮れる。
 どんなに言葉を選んでも、尽くしても、もう、ありのまま正しくは伝えられないんじゃないか?
 そう思うたびに、怖くて何も言えなかった。ずっと。

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by ichimen_aozora | 2005-10-12 03:51 | side by side
side by side  ―side 田島― (vol.5)
「相川の幸せを願うなら、お前が体張りゃーいいだろ?所詮他人なんか宛にすんなよな」
 振り返った狩野は、静かに淡々とした口調で、だけど一刀両断だった。
「俺はお前、狩野のことは信じてるよ」
「別に嬉しくねーよ」
「そーか?」
「当たり前だろ?」
 狩野はあっさりと俺の願いを退けながら、それでもまだ隣にいてくれた。
     そろそろ相当呆れられてると思うんだけど…
 俺は、手の内をさんざんばらしてしまった気まずさに打ちのめされながらも、それでもまだ救いを求めるように、狩野に頼っているのかもしれない。
 狩野は賢くてテニスも旨くて、本当によく出来た男で、俺も狩野みたいに出来がよければ、こんな狭いところにはまり込まなかっただろうか?
 狩野だったら、もっとうまくやれたんだろうか?
 例えば身動きが取れなくなるほど、相川が大切で仕方がなくなる前に。

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by ichimen_aozora | 2005-10-07 04:47 | side by side