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君のため (後編)
「指輪は死んでもいやだって言わなかったか?去年」
「さぁ~どうだったかな」
「去年ペアリングにしようかって言ったら全否定したくせに」
「それはさー、まだ覚悟が足りなかったからね」
「覚悟ねぇ…」
「残るものを貰うのって怖いじゃん」
「で、覚悟できたの?」
「さぁねぇ」
 謳うように言って軽やかに足を早める。
 しょうがないなぁと思いながら、僕はのろのろと着いていく。
 でも、だいぶ先に行ってしまった彼女が早く早くと急かすように振った手には確かに銀色のリングがはまっていて、何だかまんざらでもない気分になる。
 エンゲージリングでもあるまいし、物は物だろうという気がしないでもない。けれどふとした瞬間に、僕が贈った指輪が光を跳ね返すのは、悪くない。
 悪くないから、来年はもう一回り小さいのを贈ってやろう、と決めた。
 彼女は嫌がるかもしれないけれど、そんなのはどうせ照れとか意地とか過去とかそんな下らない理由なんだ。
 そうして、そういうくだらないものを取っ払ったその下に、彼女はとても綺麗な笑顔を持っていて。
 ひどく不器用なだけなのだ、ということを、僕はもう知ってしまっているから。
 彼女がどんなに意地っ張りでも頑固でも、勝手気ままで掴めなくても。
 彼女が笑ってくれるなら、僕は、何でもできるような気がしたりする。
 そんな小さな指輪一つで、彼女が一瞬でも素直になれるのなら、僕は。
 毎年だって飽きずに贈る。

 君が笑ってくれるなら僕は、ひどく幸せな気分になるよ。


「なぁ~今晩鍋しようぜ。鍋」
「おおっいいねぇ。何鍋にする?」
「そうだなぁ、寒いからあったまるのがいいなぁ」
「そんなら材料買いにいこ。あのホットプレートはほんとに便利なんだ」
 急に張り切った彼女が、僕の手を引いて歩き出す。
 右手に当たる固いリングの感触が新鮮で、僕はまたそっと一人で、気付かれないように小さく笑った。
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by ichimen_aozora | 2005-01-29 05:17 | ふたり sideB
君のため (中編)
 正月気分がぬけてきてようやく落ち着いてきた街を二人でふらふら歩いていた時に、彼女はふと思いついたように言い出した。
「ねぇ。クリスマスにさ、何か買ってくれるっていう話はまだ生きてるの?」
「ああ、うん。いいよ、何でも」
「何でも?」
 できれば消耗品はやめて欲しい。米とかそういう食料もちょっと。もっと言うなら電化製品もなんだか可愛げがないからやめて欲しい。
 けど、そんなことを言ったら彼女がまた何も言わなくなってしまうかもしれないから我慢する。
「いいよ、何でも。…さほど高くなければ」
 さすがにエルメスのバックとか言われたら買えるわけがない。
「さほど高くなければね」
 彼女はちょっと笑って歩いていく。目的地は決まっているらしく迷いのない足取りだけれど、僕にはどこに向かっているかさっぱり分からない。どうやら駅前に向かっている。
 大きい家電屋の前を通りかかった時に、ああ、やっぱり電化製品かもしれない…と、思って落胆したけれども、彼女が入って行ったのは隣のファッションビルで。
 立ち止まったのは意外なことにアクセサリー売り場だった。
「ここ?」
「ここ」
 無愛想にそういったきり彼女は無口で、しきりにショーウインドウを見ている。
 そうして、あれこれ手にとって、色々嵌めてみたりして、だいぶ長い間経ったあとで、これ、と指差したものは可愛らしい形をしたリングだった。しかも新春セールの赤札がついている。
「これ?」
「これ。だめ?」
「だめじゃないけど。セール品じゃなくても…」
「半額になってるし、さほど高くないかなと」
「や…別に…バイト代入ったし…セール品じゃなくていいよ」
 僕としては、なんていうかもっとちゃんとしたものを贈りたかったわけだけれども。
 非常に現実的な彼女は不思議そうな顔をしていて、安いに越した事はないとか思っているのだろう。
「ほんとにこれでいいの?」
「これでいい」
「別にセールかかってるのから選ばなくてもいいよ?」
「これでいい」
 断固とした言葉で言い張っているので、これはもう引かないだろうと思って僕は内心溜息をつきながら諦める。なんだか、買ってあげるみたいになってしまって贈った気分にならないのだけれど。
「こっちとどこが違うの」
「え?サイズが違う」
「サイズ?」
「指輪にはサイズがあるのだよ。知らなかった?」
「うーん。それいくつ?」
「これ?11号」
 実は、S、M、Lだと思っていたなんて絶対言えない。

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by ichimen_aozora | 2005-01-26 04:09 | ふたり sideB
君のため (前編)
 クリスマスプレゼント何がいい?と言う質問をはぐらかされ続けて、年末の忙しさも手伝って、クリスマスはあっさりと過ぎてしまった。イブは双方バイトや予定が立て込んでいて合えなかったし、25日も合間を縫ってちょっとあって食事しただけで別れてしまった。
 お互い割と忙しい日々だし、別にクリスマスだからなんだと思わなくもない。ないけれども。
 何か彼女に上げたかった。何でもいいから何か。残るものがいい。目にして僕のことを思い出すようなものがいい。

 それにしても、イベント意識の薄い人だと思う。女の子ってのはこう、もっと記念日とか行事みたいなものに敏感なものなんじゃないのか?
 付き合って結構経つけれども、互いの誕生日も去年もクリスマスもバレンタインも、ただの一日とさして変りがなかった。バレンタインには一応チョコレートを貰ったし、誕生日にはおめでとうと言い合ったりはしたけれどそれだけだ。
 友達は楽でいいじゃんとか言うけれど、俺としてはもうちょっと何かあってもいいと思う。余りにあっさりしすぎていて落ち着かない。なんだってあんなに拘らないのかは分からないけれど、付き合った日とか、俺の誕生日とか、あっさりと忘れられていそうで不安になってしまう。

 去年のクリスマスだって凄く大変だった。特に何も言ってくれないので、試しにペアリングにしようかと言ってみたら、恥ずかしいから死んでもいやだと全否定された。じゃぁ何でもいいから一番欲しいものと言って何とか聞き出した答えは、ホットプレートだった。
 独り暮らしの彼女は、鍋もできる深めのホットプレートを買おうか買うまいか迷っていたらしい。僕ははっきり言ってあっけに取られたし、彼女は彼女で気まずそうだし、それに何でもいいと言ってしまった手前ひくに引けなくなって、僕は彼女に多機能型ホットプレートをプレゼントした。
 そのホットプレートは今年の冬も大活躍している。彼女の部屋で暖かい鍋を二人でつつけるようになったのは確かに大変喜ばしい。喜ばしいけれども。僕は鍋のたびに複雑な気分になってしまう。
 だいたいにして、彼女は普段から要求と言うものがひどく少ない。何かを買ってくれとせがまれた事もないし、連れてってほしいと言われた事もない。食事だっていつも割り勘だし、今すぐ会いに来てと言われたこともない。
 どうやら友人の中には、彼女の過度の要求に苦しんでいる奴もいて、お前はほんとに楽でいいなと言われたりする。確かに楽だけれど…もうちょっと何か要求されてもいい。本当に、俺なんてどうでもいい存在なんじゃないかと思わないで済む程度には。

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by ichimen_aozora | 2005-01-24 03:57 | ふたり sideB
夜明け前
伝えたい事はたくさんあって。伝えようと思っていたこともたくさんあって。
明日会ったら、きっと君に話そうと思うのにいつも。
いつもいつも忘れてしまう。
例えばどれだけ切実かって。どれほどきりきりと朝を待つかって。
ずっと君に伝えようと思うのに。いつも。
君がいる時間は柔らかで、だから今はただ、愉しげに笑っていればそれでいいかと思ってしまう。
他愛無い日常と、軽い会話でただ時間だけが過ぎていってそれでいつも、日が暮れてしまうけれど、それでも、それだけでいいような気がしてしまう。
私がいつも。部屋で一人で。
だからどれだけ切実かって。
きっと君は知らないだろう。
こんなに苦しくて。こんなに切実で。
きっと一人閉じ込めておくなんてできないと思うのに、すっと。
君がいる時間は穏やかで軽やかでなにか、すべて、透明に消えてしまっていつも。
一杯に抱えていた言葉が見つからなくて、私は笑っている。
ああほんとうは。こんなに情熱的な言葉だって用意してたのに。
きっと君に、目一杯ぶつけてみたいって思ってるのに。
いつも何もいえない。
君の答えも聞けない。
だからいつまでも、一人の夜は不安で。
朝を待って。
そして忘れて。
いつまでも切ない。
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by ichimen_aozora | 2005-01-19 01:05 | ふたり sideA
青空
夏が遠いので
こころはとても穏やかです
空気が冷たいので
体はとても安らかです
空だけがひどく青くて
勘違いしそうになるけれど
真夏の空の青い色を
本当はよく憶えていません
空だけがひどく青いけれど
真夏の色とは違うのでしょうか
本当はよく憶えていないので
勘違いしたいのは感傷でしょう
葉が散りきった桜の枝が
白く浮き出して青に映え
まるで雲もなく底もなくどこまでも突き抜けるので
目を外す機会を失って
いつまでもぼんやりと眺めていました
ずっと寒ければいいのにと思います
冷たい風に晒されていれば
何も溶け出さずにすむのに
ざわめきも記憶も遠いまま
静かに凍っていられればいいのに
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by ichimen_aozora | 2005-01-16 02:53 | ひとり
理由
 嫌いじゃないという理由で、誰かと付き合える時期は終わったのだろうか。
 嫌いじゃないという理由では、君とは一緒にいられない。

 真っ直ぐな目が少し眇められて怖くなる。にっこりと笑い返せばいいじゃないかと分かっているのに上手く出来ない。
 何故か、射すくめられた様に身動きが出来ない。
 いつもみたいに、軽々と振舞えばいい。
 笑って上手く答えればいい。
 簡単じゃないか。いつだって簡単だった。
 誰かと付き合うことなんて、誰かを好きになるよりずっと簡単だ。
 付き合おうって言えばいい。それで全てが上手くいくだなんて思わないけど。
 この滞った時間は流れ出すだろう。今は、動き出すだろう。
 先のことなんて知らない。見えないものを、私は上手く望めない。

 嫌いじゃない。他に付き合っている人はいない。好きな人はいない。好きな人なんてずっといない。だからそれでいいだろう?裏切った事にはならないだろう?
 肯定すればいい。そして、好きだよと言えばいいのに。
 
 誤魔化してはいけないのだ、と、どこかが警告している。
 君だけは、今だけは、誤魔化したらそれで全て壊れてしまうんだと。
 ちかちかと点滅するように、何かが神経に触れる。
 いま、何かが、確かに。
 変ろうとしている。そんな気がする。
 この手を取ったらきっと。
 今までみたいには行かないんだ。
 
 ああ、やっぱり。嫌いじゃないという理由だけで君とは行けない。
 この手は取れない。
 今はまだ。
 もう少し。今しばらく。
 ずっと、ぬるま湯のように穏やかで安らかで無為だった日々。
 揺れない、動かない、滞ったように静かで安全な日々。
 決別するように。
 もう少し。あと少し。
 まだ私には、覚悟が足りない。
 もう少し。もう少しだけ時間を下さい。
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by ichimen_aozora | 2005-01-13 01:47 | ふたり sideA
雪あかり
 眠ろうと思って眠れなかった朝に近い深夜、まだ明けてはいないはずの曇りガラスの外の景色が妙に明るかったので窓を開けてみたら、天気予報を無視して、しんしんと雪が降っていた。
 気付かなかっただけでだいぶ前から降っていたらしく、道路も樹も隣の家の屋根ももう薄っすらと白く覆われていて、ほんの少しの街灯のひかりをそっと跳ね返していた。

 雪が降るとなんだか得したような気分になる。

 朝になって出かけなければならないときには寒くて濡れて歩きにくくて面倒なだけなのに。
 こうして安全で暖かな部屋の中から見ているだけの雪はただ白くて穏やかで、街の音を吸い込むように、私のこころの雑音もさり気なく吸い込んでいく気がする。
 誰も踏み荒らしていない朝に近い深夜。
 何の跡もないただ滑らかに平らな世界が、しんしんと厚みを増していく。
 押し寄せてくる静けさは決して重たくも不安を掻き立てることもなく、細かく震え続ける内心の表面をそっと宥めるように隠すように、私の中に積もっていく。

 ああ、もうすぐ夜が明ける。

 世界がざわめきだす予感に、たった今出来上がっている白い世界が乱されるのを感じて切なくなり、それでも少しだけ安堵する。

 もうすぐ夜が明ける。
 眠らなければ。

 ふと思い立って窓を開けてみたら外は驚くほど冷たかった。
 慌てて閉めるその直前に大きく息を吸ったら、肺の奥に入り込んだ空気が冷たすぎて少し痛んだけれど、しんしんと私の中に積もっていた静けさが丁度よく満たされたような気がしたので、何となく満足して窓をきっちりと閉めて鍵をかけて、カーテンを引いた。
 上手く眠れなくても、横になって目を閉じよう。
 今、せっかく私の内側に積もったものが出来るだけ乱されないように、完全に明るくなるまでそっと、横になって静かに身を潜めていよう、と思った。
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by ichimen_aozora | 2005-01-10 02:56 | ひとり
誓い
 何も、何もないのだ。
 私たちには何も。
 二人を繋ぐようなものなんて何もない。
 共有する時間も空間も、
 思い出も話題すらなくてただ
 重ねた手が同じ温度に溶けて、それだけを
 手繰るように握りしめている。
 なんて儚くて後ろ盾のない
 過去も未来もない今だろう
 その今を守るために払う犠牲は小さくなくても
 この手が冷えてしまったらもう
 私はきっと歩けない
 君が未来を連れてきてくれるわけでもないのに
 この手はきっとはなせない。
 きっとまだ。
 きっと、ずっと。
 この先に何もなくても
 振り向いて縋る思い出もなくても
 俯きがちに歩き続ける
 二人、ただ手を繋いで。
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by ichimen_aozora | 2005-01-08 05:12 | ふたり sideA
冬眠
ずっとずっと遠いまま
永遠に会うこともないままで
きっと君の記憶を
閉じ込めてしまいたい
春が来る前に忘れてしまいましょう
君の名前も
君の声も
君の影も
君の気配も
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by ichimen_aozora | 2005-01-07 03:54 | ひとり
幸せな日々
 とても、いい人なんだとわかっていた。
 いつだって君はとても優しくて。
 自分が大事にされていると分かっていた。
 不満なんて、何もなくて
 このままきっと何事もないまま
 君は幸せにしてくれるだろう。
 分かってるんだ。だけど。
 このままではいられない。

 傷付けたくないなんて、傲慢で勝手な思い上がりなんだろう。
 それでも傷付けたくないと思う。
 ただ逃げたいだけだろうか。
 言わなければきっと平和なままで、このままずっと続いていくだろう
 それは暖かくて幸せそうな日々で
 何より楽な選択だけれど。
 
 嫌いになったわけじゃない
 だけど気付いてしまったんだ。
 好きじゃなかったわけじゃないけど
 それだけだったと気付いてしまった。
 君には何の非もなくて
 ただの私の身勝手で
 それで君をただ傷付けて
 最低な女だと思う。
 思うけど
 それでも戻れないんだ。
 

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by ichimen_aozora | 2005-01-05 03:59 | ふたり sideA