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side by side  ―side 田島― (vol.8)
 そのとき確かに、とあるひとつの世界は終わった。
 穏やかで安らかで、平和な凪のような時間は終わってしまった。
 壊してしまった。もう戻せない。

 初めて正面から挑んだ相川の瞳は、今はただ混乱して揺れていた。
 その瞳に映る自分は、予想していたより冷静だった。
 例えばいま、引き寄せて抱きしめて。キスなんかしたらどうなるだろう?
 何か新しい世界が始まるだろうか?
 俺たちはもう、平和なだけの関係には戻れないけど。
 新しい世界には波も嵐も訪れるだろうけれど。
「すぐじゃなくていいんだ。別に今すぐじゃなくても」
 宥めるような、猶予を与えるような、そんな優しげな言葉をかけている自分は卑怯だなと思う。
 だって相川は降られたばかりで。
 そうやって気付かせないままで、じっくりと追い詰めている。
 ずっと一緒にいた。だから分かってる。
 相川は俺を嫌いにはなれない。だから簡単には突っぱねられない。
 そんなこと分かりきっていて、卑怯でもそれを利用するんだ。

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by ichimen_aozora | 2005-10-21 05:34 | side by side
side by side  ―side 田島― (vol.7)
 夕焼けの町は、いつもの通りに鮮やかで優しかった。
 俺は、この沈み行くような時間が好きだった。
 赤くて、眩しくて、一瞬で。
 幻みたいにすぐに消えていく。

 相川を自転車の後ろに乗せて帰るのことには慣れている。俺たちは小学校も中学校も同じで、だから家も近くて、相川がバスで登校した日には、ついでだからと乗せて帰る。
 それはよくある光景で、慣れた日常のひとコマで、別に、特別な意味なんかないはずなのに。
 両肩にかかる微かな重みが、その手の、感覚が。今日に限って妙に生々しくて、どうしたらいいか分からなくなる。
 相川の何が変わったのかな、と、思ったけれど。
 違う。
 変わったのは、俺だ。

    狩野が余計なことを吹き込むからだ…
 どうせなら、百戦錬磨の口説き文句なんか教えてくれたほうが良かったのに…

 駆け出しそうな鼓動を押しとどめるように、俺はゆっくりと深呼吸する。
 肩につかまる相川に気付かれないように、そっと。

「私さぁまた振られたわ」
「うん」
「もう何度目だっけ」
「さぁ」
「なんか、振られてばっかよね」
「だな」

 なんでかなぁ…?私、なんかだめなのかなぁ?と、呟いた言葉は、平静を装っていたけどうまく取り繕えていなくって、なんだか痛々しく響いた。けれど、俺はそれにも気付かないふりをしてしてやった。
 相川がうまくいかない理由なんて俺には分からない。けれど、うまく行かなくていいと思ってる。
 全然、まったく構わない。そのほうがずっといいに決まってる。
 でもたぶん。いつか、もうすぐそのうち。
 気付く奴なんて出てくるんだろうな。俺以外にも。
 相川は、凄く綺麗に走って。それは、音もなく吹きぬける風みたいで。
 相川の手は予想よりずっと華奢で、頼りなくて。
 かけがえがない存在だと、気付いて手に入れたくなる奴が。

 そいつを目の前にしたとき。その隣に並ぶ相川を見たとき。
 俺はどれだけ平静でいられるだろうか?

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by ichimen_aozora | 2005-10-17 20:22 | side by side
side by side  ―side 田島― (vol.6)
「帰らないの?」
 いつの間にかそばに来ていた相川は、ジャージから着替えてすっかり帰り支度を整えていた。
「待ってたんだよ、お前のこと」
「着替えないの?」
 見上げた相川の顔は、いつもと変わりないように見えた。頬にも 目にも、泣いた形跡がないことを確かめる。
「お前、また振られたろう」
「なんでしってんの。見てた?」
「見てねーよ。それくらいバレバレなんだよ」
「なにそれー」
 俺達はもうだいぶ長い付き合いで、だから大抵のことは、普通よりもちょっと少ない言葉で足りる。
 だけどそれだけでは伝わらないことは確かにあって
 しかも、伝えられないでいるうちに余りにも大きくなってしまって。
 今更、途方に暮れる。
 どんなに言葉を選んでも、尽くしても、もう、ありのまま正しくは伝えられないんじゃないか?
 そう思うたびに、怖くて何も言えなかった。ずっと。

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by ichimen_aozora | 2005-10-12 03:51 | side by side
side by side  ―side 田島― (vol.5)
「相川の幸せを願うなら、お前が体張りゃーいいだろ?所詮他人なんか宛にすんなよな」
 振り返った狩野は、静かに淡々とした口調で、だけど一刀両断だった。
「俺はお前、狩野のことは信じてるよ」
「別に嬉しくねーよ」
「そーか?」
「当たり前だろ?」
 狩野はあっさりと俺の願いを退けながら、それでもまだ隣にいてくれた。
     そろそろ相当呆れられてると思うんだけど…
 俺は、手の内をさんざんばらしてしまった気まずさに打ちのめされながらも、それでもまだ救いを求めるように、狩野に頼っているのかもしれない。
 狩野は賢くてテニスも旨くて、本当によく出来た男で、俺も狩野みたいに出来がよければ、こんな狭いところにはまり込まなかっただろうか?
 狩野だったら、もっとうまくやれたんだろうか?
 例えば身動きが取れなくなるほど、相川が大切で仕方がなくなる前に。

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by ichimen_aozora | 2005-10-07 04:47 | side by side
side by side  ―side 田島― (vol.4)
 ざっと、こすれるような音がして、狩野が勢いをつけて起き上がった。見渡せば他の部員はとっくに引き上げてしまっていて、コートには俺たち二人しか残っていなかった。
「田島、いい加減、帰ろうぜ」
「俺、今日待ち合わせなんだわ」
「誰と」
「だから、あれ」
 さっき見えた辺りに適当に遠くを指差したけど、相川はもう走り去ってしまっていなかった。
「何でまた。別に何でもいいけどさぁ」
 狩野がかすかに首を傾げる。
「あー。なんかな、今日告白してるはずなんだわ」
「はぁ?だれに」
「よう知らん。よう知らんけど、誰か、3年?」
「で、なんでお前が待ち合わせなわけ?」
「しらねぇよ。うまくいったなら喜びの声を。玉砕したなら涙の訴えを。話したいんだろ」
「…相川ってそういうタイプなの」
「結構ね」
「で、お前がそれを聞くの」
「だいたいな」
「お前真性のばかだろう」
 大きく溜息をついて、狩野が隣で頭を抱えた。
     項垂れたいのは俺だって……
 そう思いながら、自分の代わりに誰かが滅入ってくれるのは、随分と救われるもんだなと思った。俺はもう、ストレートに表に出すわけには行かないから。俯いた狩野の頭を、ぼんやりと懐かしい気持ちで見ていた。

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by ichimen_aozora | 2005-10-03 00:13 | side by side