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残像 (遠い空 vol.3)
 大学最後の春が、麗らかに過ぎていく。
 桜が咲いて、柔らかな風が吹き、桜が散って、季節はいつの間にか巡っている。
 春と言う季節はいつも短い。空気がようやくぬるんだと思えば儚く一瞬花吹雪は街を舞って、気付けばもう行きすぎようとしていた。
 梅雨に入る前のひと時、薄く白く霞んでいた空が青く澄み渡って、気温が急に上がる。一足早い束の間の夏の気配は、毎年私を無闇に動揺させる。

 夏は好き。一年中でたぶん一番夏が好き。
 ただその理由が分かりやすいほどありふれていて、馬鹿馬鹿しくて悲しくなる。
 鮮やか過ぎる印象はひどく限定されていて、情けなくなる。
 グラウンドに響く掛け声と、歓声と、切り裂くように吸い込まれるように舞い上がったボールの面影は今も、薄れないままに沈んでいる。
 私の深いところに。私の、きっととても核心に近いところに。
 だから、何一つ、なかったことには出来ないだろう。
 どれほど哀しくても。どれほど切なくても。
 情けなくて女々しくてバカみたいに愚かだと分かってはいても。

 手放す事は出来ないのだ。その記憶も。
 事実も想いも後悔さえも。

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by ichimen_aozora | 2005-12-31 07:12 | 遠い空
階段教室 (遠い空 vol.2)
 4限最後のチャイムがなった。
 がたがたと一斉に席を立つ、慌ただしい人の流れを、後ろのほうから眺めていた。すり鉢状の巨大な階段教室は、大学に入ってまず始めに目新しかったものだ。真面目な学生が前から順に席をつめるのを不思議な気持ちで見ていた。私はいつも、ずっと後ろの方に座る。マイクを通した声はここでもよく聞こえたし、ノートに丸写しするような板書もあまりなかった。
 前の方の過密度に比べると後ろの方は随分と空いている。広々と静かで、それなのに飽和しているような柔らかな閉塞感。巨大空間に一人浮いているような錯覚が、気に入っている。

 つい先日、内定を貰った。物凄く早いほうではないけれど、割と早いほうだった。
 とりあえず落ち着いたので、リクルートスーツをクリーニングに出した。
 まだいくつか残っている単位は、前期のうちに取り切ろうと思う。春休みを挟んで久々にまともに参加した講義はやっぱり、ゆるゆると眠くて、それがなんだか懐かしかった。

「片山」
 どこかで呼ばれて、その声で誰だかは分かる。緩慢に目を上げて姿を探すけれども、見つける前に肩を叩かれた。
「来てたんや。今日はもう来こんかと思った」
「うん」
「あとで、電話しようと思っててん」
 もう聞き慣れた柔らかな言葉は好ましく思う。
 目の前の存在も。きちんと好ましく思う。
 だから、大切にしなくては。
 本当は昼から来ていたことは告げずに少し目を細めた。笑ったように、見えたと思う。
 促されて立ち上がる。
 いつの間にか、きっちりと閉じて完成していたはずの空間は、跡形もなく消えていた。

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by ichimen_aozora | 2005-12-26 04:44 | 遠い空
逃避行 (遠い空 vol.1)
 一番好きな人には恋人がいて、自分の入る余地も可能性もないことは分かっていた。そういうとき、どうすることが一番正しいのだろう。
 私はあまり迷いもせずに、他の人からの告白を受け入れた。結構仲がよかったし、割合と好きだったし、差し当たってはうまくいくような気がしたからだ。
 罪悪感などはなかった。まともな選択だと思えた。
 だけどあるとき、一部の人から随分とキツイ反感を買っているらしいことを知った。
 別に人が内心思うことには制限はないが、それでも気付いてしまえ気にはなる。個人の勝手だろうと反論したくなる。

 自分のほうが好きなのだから身を引けというのか。
 そうでないなら、では、私にどうしろというのか。

 一番でない人と付き合うことが卑怯だなんだと言われるのなら、私は誰かと、恋をすることなんてもう出来ないかもしれない

    ☆

 もしかしたら自分が思っているよりは、私は人の気を引いているのではないかと初めて考えた時、もうすぐ二十歳になろうとしてた。その頃私は、長く続いた重大でかけがえのない日々を閉じたばかりで、いまだ慣れない土地に一人、どうしたらいいか分からないでいた。
 もう随分と一人でいた気がしたのに何故だろう。別れよう、の一言は重く確かに、日常の間に間に長い間響いた。
 何も変わらない、はずなのに、結局のところ私は寄る辺を失ったのだ。

 頼りない浮遊感に苛まれて歩き回ってばかりいた。言い出したのは自分であるくせに、立ち止まれば気付けば泣いていたりするから、ずっと歩き回ってばかりいた。
 そうだね、と簡単に同意されたのが悔しかったのかもしれない。止めてほしかった。遠いところにいった存在等、その程度かと思い知りたくはなかったのだ。
 好きなだけでは全てがうまくいくわけでもないらしい。そんな自明の理に気付く程度には、大人になっていたらしい。もっとも本当は、初めから結末は読めていたはずなのだ。ただ見ないようにしたかっただけで。
 それでも私は故郷から飛び出したのだ。飛び出さなければと痛切に思ったのだ。それは確かに、正しい選択だったのだけれど

 やはり我が儘だったのは、私だけかもしれない。今になってそう思ったりする。
 たぶん今になったからようやく、なのだけれど。

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by ichimen_aozora | 2005-12-24 04:44 | 遠い空
side by side  ―side 狩野― (vol.4)
 弱々しい自転車のライトが、薄っすらと周囲を照らす。
 ふたつ、重なった部分だけが、いっそう明るく透き通る。
 それはどこか、未来を切り開く鮮やかなイメージで。
 一人では霞んだままの世界が、もしかして誰かと一緒なら、嘘みたいに開けていくんじゃないのか?
 なんてな。
 冗談紛れに想像してみる。
 それはなんて優しくて、なんて難しい条件だろう。

     あー…まじで。誰か、いないかな…

 高校時代なんて、彼女がいるかいないかで雲泥の差なんだよ、ほんとに。
 自分以外の誰かを、それほど強く思えるなんて。
 すごい、幸運だって思わないか?
 下世話だなぁ狩野はって、田島は笑うかも知れないけれど。

 こんな不安定で中身のない俺に、田島は何を託そうというのだろう。
 あいつは俺の事を、何故なんだかひどく買被っているんだ。

 伸び上がるように上体を起こす。腕を伸ばしてハンドルに体重をかけて、そのままペダルに立ち上がる。坂でもないのに立ち漕ぎをすると、スピードがあがってTシャツがはためく。

    あーー…いーい、風

 このまま紛れてしまいたい。些細な自分も、他愛ない鬱屈もすべて。
 このまま溶けてしまえばいいのに。
 強く風がふくと時々、そんなことを考える。時々。ほんの時々だけれど。

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by ichimen_aozora | 2005-12-13 07:40 | side by side
side by side  ―side 狩野― (vol.3)
 駐輪場の入口に着いた時点で、左はじのほうに相川がいることには気がついていた。
 ちっ…ニアミスか。かちあう前に出ようと思ってたんだけど

 さりげなく目をこらすと横にあるのは見覚えのある、田島のチャリで、おおかた田島に乗せて送ってもらうのだろう。
 幸い桜井は気付いてないようなので、俺は軽快さを心掛けながら桜井に話し掛け続ける。
「お好み焼きとラーメンどっちがいい?」
「え、どっちでも」
「じゃあ俺はー」

 かしゃんと音がした。
 桜井が、振り返ってしまう。
 あーあ。
 その瞬間、桜井の表情が、かすかに、でもたしかに強張るのを、なす術もないままで見送っていた。


     ほらみろ田島。おまえがさっさと覚悟を決めないから。誰も彼も傷だらけじゃないか
 こころのなかで悪態をつきながら、でも誰も彼もって誰だ?と反射的に分析する。
 俺か?まさかな。
 俺は今、傷ついてなんかないだろう?自問してみたけど、実際のところよくわからなかった。
 桜井がすきなのかどうかなんて、やっぱり俺にはわからないよ。
 ただ、無駄に傷ついたりはしないとのいいに。
 それは個人的な思慕なのか部活仲間に対する一般的友愛なのか。
 だれか俺の代わりに、きっぱり決め付けてはくれないだろうか?
 そのほうがよっぽど、信用に値する気がするのに。

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by ichimen_aozora | 2005-12-05 17:27 | side by side