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春休み (vol.7)
 アルバムを閉じた。いつか聞いたのと同じ、ぱたりと密やかな音がした。
 表紙を上にして、元あったように机のうえに据え置く。
 指先に残る、ざらりとしたつめたい感触を確かめるように、表紙をなぞる。
 僕のではない、けれど、僕のと同じ卒業アルバム。

 僕の3年間も閉じたのだ。この短い春休みをあければ、そこにはまるで、新しい日々が待っている。見知らぬ人と、見知らぬ場所で、僕はまた自分の居場所を、一から作り直していく。
 まるで新しいようで、きっと。
 どこかで知っているような気だるい循環。それは結構、面倒な事にも思えるけれど。

 螺旋階段をぐるぐると上り続けるように、さして変わらない景色を眺め続けているうちに。
 いつか僕は、知らずにおとなになるだろう。
 いつの間にか兄貴の考えている事とかが、よく分からなくなったように。
 僕もきっと、さり気なく滑らかに成長していくのだろう。
 何も、劇的な何かなんかなくたって。

 僕たちは上り続ける。変わらない毎日に悪態をつきながら、目新しい何かを探し続けて。
 ぐるぐると、ぐるぐると、果てなく希望もないような気がしたって。
 上げた視線の先には、ぽかんと開けた空がある。
 あまりに広すぎる青空の中で、ふいに闇雲な不安に苛まれたとしても。
 それでも、僕は、決して独りではないだろう。
 親しかった友達と、はしゃぎまわった部活仲間と、ちりぢりに離れてしまったとしても。それでも。
 みんな、みんな、ぶちぶちいいながらそれぞれの螺旋階段を、登り続けているに違いないから。
 見渡した広大な視界の中に、今はまだ、なにも見つけられないとしても。
 いつだって、いつだって、そうだったじゃないか。未知の未来は、いつだって不安を掻き立てるけど。

 真っ白な未来は、明るく耀いて僕を誘う。

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by ichimen_aozora | 2006-02-25 16:56 | 春休み
春休み (vol.6)
 今、僕の机の上にもアルバムがある。まったく同じ作りの卒業アルバム。おなじ色、同じ素材。違うのは、キズもなく真新しい事と、銀色で書かれた数字だけ。
 開けば沢山の写真が並んでいて、沢山の顔が笑ったり戸惑ったりしている。でも、どんなに探しても、兄貴も先輩も片山さんもいない。どこにもいない。
 表紙の見開きにはやっぱり色とりどりのメッセージが並んでいるけれど、そこには先輩の奔放な雑な文字も、片山さんの濃紺色の小さな文字もない。
 当たり前だけど、それを僕は悔しいと思う。
 どうしたって、どうにもならない。仕方がないことだ。そんなことで僕と兄貴を比べるなんて馬鹿馬鹿しいって分かってる。分かってるけど。それでも。

     やっぱり羨ましいよ…

 僕は言葉を耐えるように、大きく息を吸い込んだ。少しだけ目を閉じて、少しだけ息を止めて、それからそっと吐き出した。静けさを守るように、そっと。
 まだおとなになりきれない僕たちの前には、だたっぴろい広大な道があって、そのずっとずっと前のほうに、片山さんがいて、先輩がいて、兄貴がいる。
 僕は遠く、彼らの背中を追いかけている。4年分の距離は、縮まることなく、広がることなく、横たわり続けて。
 僕は、追いつくことは出来ないのだ。永遠に。
 僕の3年間は、彼らとはまるで別物だから。

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by ichimen_aozora | 2006-02-24 13:26 | 春休み
春休み (vol.5)
 ごめんなって、なんだそれ。同情?
 謝る理由なんて何もないじゃないか。なんだそれ。
 ばかにしてるよな…

 携帯電話をベットの上に投げつける。開いたまま置いてきたアルバムの事を思い出してもう一度兄貴の部屋に引き返しながら、僕は、兄貴が乗ったであろう特急列車の事を曖昧に思い浮かべる。
 電波の向こうから聞こえた歪んだ喧騒。けたたましい発車ベルと、耳障りなノイズ。
 それから、修学旅行で一度行ったきりの西の街。ぼやけた記憶の中でなお、ありえないくらいの人の群れと、鮮やかな街並み。
 色んな店があって、目新しいものに溢れていて、片山さんが住んでいる街。

 そこは遠い世界だ。僕にはまだ、届かない世界

 兄貴には届くのだろうか。
 きっと、届くのだろう。
 だって、僕と片山さんの間にあるのはささやかなだけの偶然だけど。兄貴にはもっと、確かな理由がある。
 僕には絶対に手に入らない時間を、共有していたという歴史が。

 やっぱり羨ましいよな…

 いつ見ても、何度見ても、変わらない位置と色で残り続ける言葉はずっと、もう消えてしまうことはないのだから。
 片山さんには彼氏がいて、それが同級生で友達で、二人はいとこ同士みたいに似通っていて仲がよくて、ずっと何も、言えなかったんだとしても。
 同じ三年間を、同じ校舎で、過ごして過ぎ去って、今もこんなにも完全に閉じている。
 離れ続けていくばかりだとしても、もう二度と重なることはないんだとしても、それでも同じ延長線上に、同じ時間軸のなかを生きている。

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by ichimen_aozora | 2006-02-22 01:25 | 春休み
春休み (vol.4)
 ざっと見ても、片山さんの書き込みは見当たらなかった。僕はめげずにアルバムを裏返して裏表紙をめくる。裏の見返しにも同じように所狭しと書き込みがされていて、兄貴は僕が思うよりもずっと、人望が厚かったのかもしれない。
 今度こそ捜索は難航したけれど、僕の予想通りに、片山さんの書き込みもちゃんとみつかった。
 たった3行ほどの、短いメッセージ。小さな文字は妙にたどたどしく、意外なほどに拙い。あの人がこんな字を書くのかな…訝しく思ったけれど、ああそうか、と、また忘れがちな事実を取り戻す。
 だってこれはもう、4年も前のアルバムなんだ…4年もあれば、人はどれだけ変わるのだろうか。もう一度ページを開きなおして、ポートレートを確認する。何度みたって見慣れない濃い黒褐色の長い髪と不安げに揺れた瞳は、僕の知らない彼女だった。

 片山さんは、もっと静かに綺麗だったな…

 僕の記憶の中の彼女は、どれも緩い風の中にいる。図書館の自習室の窓際の席で、乗せて走った自転車の後ろで。
 透けるように茶色いふわふわの髪を揺らして、笑うように小さく目を細めて。
 色とりどりの寄せ書きの片隅で、周辺に埋没するようでいてきっちりと輪郭を残した濃紺インクの綺麗な色だけが、いまも僕の記憶に強く跡を残している片山さんに、不思議とリンクしていた。

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by ichimen_aozora | 2006-02-20 03:58 | 春休み
春休み (vol.3)
 取り留めない思考に捕らわれながら、片付いた部屋の表面をゆるゆるとなぞっていた目の端に何かが引っかかった気がした。なんだろう、なにか見覚えある何か。
 もう一度攫うように目を走らせて、机の上で目が留まる。
 何気なく、置き去られている青い表紙の大判の平たい本。銀色の文字で、県立御園高等学校。僕は、先ほどの遠慮はすっかり忘れてずかずかと部屋に踏み込んだ。

    なくしたなんて、やっぱ嘘じゃん…
 どうせ信じてなんかいなかったけど。

 夏の終わり、兄貴が頑なに見せてくれなかった卒業アルバムを、僕がようやく目にしたときには、もう随分と寒くなっていた。
 高校の資料室の埃っぽい片隅、隠れるように密やかに並んでいた青い背表紙。僕はそれを偶然見つけて、なんだか衝動に抗えないままに、引っ張り出してそっと開いた。
 とりどりの写真、整然と並ぶポートレートの中に、先輩も兄貴も片山さんも、今よりだいぶ幼かったけど、そこにはちゃんと、みんないた。

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by ichimen_aozora | 2006-02-19 00:26 | 春休み
春休み (vol.2)
 空腹なことに急に気付いて、台所に行って冷蔵庫を開けて中身を物色した。残念ながら、碌なものはない。とりあえず牛乳を取り出して、飲みきるつもりで口をつけた。春休み、平日の昼間。たった今兄貴が出て行って、家には他に誰もいなかった。

 兄貴はどこにいったんだろう。
 別に、どこでもいいけれど。

 そう思いながらもう一度階段をあがると、隣の兄貴の部屋の扉が無造作に半分開いていた。よほど慌てて出かけたらしい。
 ふらふらと、よく考えずに扉に近寄る。いつもは用もないのに入ったりはしないけれど。行き先を告げないまま慌しく出て行ったのがやっぱり何となく気にかかって扉を開けた。部屋主不在の間にずかずか踏み込むのもどうかと思って戸口に立ち止まる。いつも通りに、適当に片付いた部屋。特に変わった様子はないけれど。
 まさか、この年になっていきなり家出はないよな…くだらない事を考えながらぐるりと見渡すと、多少、いつもよりは余計にきっちりと片付いているような気もした。
 例えばベットとか。クローゼットの周りとか。布団がめくれていたり服が積まれていたり。そういうどうってことない行動の後は消えている。わざわざ部屋を整えていったところを見ると、やっぱり、兄貴はどこか、友達の家とかじゃなくってどこか遠くへ、出かけて行ったような気がした。

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by ichimen_aozora | 2006-02-18 16:04 | 春休み
春休み (vol.1)
 一昨日、高校生が終わった。だからなんだ、という話だけれど。
 物事の終わりというものはかくもあっさりしたものだろうか?
 それとも僕が鈍いのだろうか。よく分からない。

 入試が終わって発表を待って、ほっとしたらもう卒業式だった。
 飛ぶように過ぎた3年最後の三学期は高校に顔を出す暇もあんまりなくてひどく短かった。
 卒業式はただただあっさりとしていた。合格も不合格も同じくらいいるクラスの打ち上げは、妙に湿っぽかったり荒んでいたり浮き足立っていたりしていて微妙だった。
 僕はといえば感傷に浸るまもなくひどく気が抜けてしまってぼんやりとしていて、要するに、意外と楽しくなかった。
 
 受験が終わったらあれやこれやとしたいことも行きたいところも沢山あったはずなのに、なぜかすっかりその気はなくなっていた。どちらかというと面倒。というわけで、僕はひたすら、削り続けた睡眠を取り返している。

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by ichimen_aozora | 2006-02-17 00:30 | 春休み
今年の夏 (遠い空 vol.9)
 机の引き出しを開ける。探さなくても分かる、指輪のある場所。いつも目に付かないのはきっと、意識的に目をやらないからだと気が付いてはいた。目をそむけているという事実からも目をそむけるようにして。
 忘れたわけではない。決して。忘れられるわけがないのだ。そう簡単に。
 それぐらいの想いだったなら追い詰められる事もなかったかもしれない。今も、あれからずっと。遠く離れたままでも耐えられたのかもしれない。
 ずれも歪みも許容できるほどのゆとりが、あの頃の私にあったのならば。

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by ichimen_aozora | 2006-02-14 23:25 | 遠い空
ざわめき (遠い空 vol.8)
「ごめん。時田君」
 それは何に対してだろう、と、思いながら謝った。
 嘘ではなかった。ごまかしでもない。それでも時田君にはきっと謝らなければいけない。
 後悔はしていない。罪悪感もなかった。ただ、どうしようもない。
「ごめんね」

 淋しいと思った。
 久々に。
 こんなに冴え冴えと淋しいと思ったのは、一体いつ振りだろうか。
 ほんの少し懐かしい。
 そして、痛々しい。
 独りだな。そう。本当はいつだって独り。
 そんなこと、そんな当たり前のこと。何で忘れていたんだ。
 みんなといても、二人でいても、人はいつだって、自分以外ではありえない。決して紛れない孤独を、抱えもって目を上げる。誰も。誰しも。
 だから近づきたいと思うんじゃないか。少しでも。傍によりたいと。手を伸ばしたいと。
 名前を、呼びたいと。

 

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by ichimen_aozora | 2006-02-09 22:03 | 遠い空
時田君 (遠い空 vol.7)
 日付調整完了。夏を待つばかりの日々は、細かくて慌しい予定になった。テスト前恒例の多量のノートコピーの交換約束の手はずもつけつつ残りの授業を消化しながら、開き時間のほとんどは、1ヵ月半の無収入に対応すべくやたらと働いていた。
 
 高台にあるキャンパスの、学食の大きな窓からは、広がった空と、ずっと遠くに海が見える。相変わらずくすんで、霞んでよく見えないけれど。
 七月に入っていた。梅雨はまだ空けない。
 気休め程度にレジュメに目を通しながら空きコマの三限目をだらだらと潰していると、向かいにいた時田君がふいに顔を上げた
「片山。夏はどうする?どっか行かん?」
「え?」
「やっぱ海とかー。別に山でも温泉でもええけど。やっぱ海やろ。夏やし」

 なんの話だろうと、ぼんやり思った。
 実家にも電話をしたし、バイトも長期の休みをもらった。荷物は段ボールにつめかけで、あとは、そうだ、電車の切符も早めにとらないと…
「片山?どうしたん?」
 時田君が小さく首をかしげる。その仕草が随分と無防備で、ようやく、私のやらかした随分な事実に気付いて唖然とした。

―――なんのことはない。すっかり忘れていたんだ…

 顔を上げて、時田君と目を合わせる。時田君が小さく笑って、なんだか居たたまれなくなった。
「…ごめん。私はいかれん」
「え?なんで?」
「今年は実家に帰るんよ」
「大丈夫やで。日程はあわせるし」
「そうじゃなくて、ずっと」
「ずっと?」
「夏休み一杯、ずっと」
 時田君は、純粋に不思議そうな顔をしていた。

「なんで?それ、帰らなあかんの?家族行事とか?」
「そうじゃないけど」
「じゃあ、ええやん。こっちで残って、遊びに行こうや」
「うん。でも」
「ゼミのメンバーで旅行行こうって話もあんねんで。皆行くし、だから片山も行こうや。行くやろう?」
 時田君が、穏やかな笑顔のままで引き止める。あくまで穏やかに。でも、承諾を信じて疑わない風に。
 言われれば言われるほど何故か、帰らなければと頑なに思った。

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by ichimen_aozora | 2006-02-02 22:42 | 遠い空