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果てしなく
 君がくれたチョコレートは
 甘く柔らかく濃厚だった。
 跡形もなく溶けていく、その向こう側で
 君を探して不安だった。
 甘く幸福な気配の先が
 ひどく曖昧で
 僕は
 理由もなく怖かった。
 今とても幸せなのに
 こころから望んだ君がいるのに
 これ以上が分からないほどそばにいるのに。

 チョコレートは
 甘く柔らかく広がって
 いつの間にか溶けて消えてなくなった。
 今
 僕は余りに完全に満ちているので
 こんな日々が
 いつまでも続くわけがない、と
 どうしようもないまま立ちすくんでしまう。
# by ichimen_aozora | 2005-02-16 01:12 | ふたり sideB
閉じ込めてしまおう
 僕が欲しいのは、過去だ、と思う。
 僕の知らない、君の、過去のきずあと。

 君が今ここにいる、ということを、どうしようもなく確かめたくて強引に引き寄せる。
 別に躊躇う様子も抗う様子もなくそばに来る君のことが、時々、ひどく疎ましい。
 何も抱えていないような穏やかな笑顔を見せる君が苛立たしい。
 それは過去なのだ、と分かっていても確かめたくなる自分は馬鹿らしい。
 そんなに閉じ込めなくても消えない事は分かっているのに、ぎりぎりと締め上げるように強く抱きしめていた。
 僕の腕の中で君が小さく、痛い、と言う。
 聞こえなかったふりで腕を緩めなければ、君はそれ以上何も言わない。
 いま、何を思っているだろう、思い出しているだろうと考えると僕は、少しだけ狂いそうになった。

 君があいしているのは後にも先にも一人だけなのかもしれない。
 僕はそいつの事を知らない。
 でも君のこころを占めているのは知ってる。
 そいつが出てきたらきっと、君は行ってしまうのだろう。

 彼女を責めるのは、きっと、無茶な事なのだろう。
 僕の事だけを見てと要求するのは、がきっぽい独占欲だろう。
 それはただ、もう過ぎ去った時間なのだと言う事。
 僕に会うよりずっと前に、君がそいつに出会ってしまったということ。
 そしてもう、そいつはいなくて彼女は。
 いつも僕の近くにいるのに。
 彼女を責めるのはきっと、歴史に喧嘩を売ってるようなものだろう。
 分かっている。分かっているけど。
 僕は君のきずあとがほしい。

 どこにも行かないと君は言う。
 どこにも行かないでと僕は願う。
 そして。
 君を連れに来る人はもう来ない。
 来ないと分かっているのに。
 ねぇ、息が苦しいよ。とくぐもった声が聞こえる。
 でも僕は緩めない。
 君が僕の胸を押し返しているのが分かる。
 でも僕は逃がさない。
 君がほんの少しでも見えなくなったら、僕はきっと君を上手く信じられない。
 疑ってるわけじゃないのに、もう片時も安心できない。
 だから。
 君を。
 閉じ込めてしまう。
 もう、僕はどこにもいけない。
 それでもいい。
 永遠と哀しいままでも
 構わない。
# by ichimen_aozora | 2005-02-10 23:14 | ふたり sideB
接点
 もう寝ようと思って電気を消した部屋の中で、微かな震動音が響いてディスプレイが光った。
 手を伸ばして二つ折りの携帯を取って、そのまま片手でぱかりと開くと、闇に慣れ始めていた目に画面の明かりがひどく眩しかった。
 送信者を見て、少しだけ躊躇する。
 今日は、バイトの歓迎会だかサークルの飲み会だか何だかで、会えないんじゃかたったっけ。電話も無理なんじゃなかったっけ。
 本当は、私との先約があったのに。
 どうしても抜けられないからとか言って行っちゃったんだ。
 だいたい何の飲み会だったんだろう。ほんとは合コンとかだったりするのかな。
 疑い出せばきりがないので、いつも考えないようにしている。
 全てを、知ることなんて所詮無理なんだ。
 だから聞かない。私も言わない。
 些細な秘密を持ち合ってそれでも、私達は上手く成り立っている、と、思う。

 少しずつ眠気が忍び寄ってくる頭を無理に切り替えて本文を開く。そこには、今日の飲み会の事やら、約束破ってごめんなんてなんて事にはひとっつも触れてなくて、たった一行。

   あしたはひま?

 全部ひらがなの短い文章がばかっぽい。けど、これは彼がばかだからと言うより、向こうも相当眠いからなんだろう。飲み会終わったのかな。帰る途中なのかな。
 そう思ってちょっと笑った。
 まぁいいか。
 ほんとうは。気にならないわけでもないけれど。
 ドタキャンされて多少気分が、ささくれていたりもしたけれど。
 まぁいいか。一応メールくれたから。
 なんとなく顔が緩んで、ついでに眠気が増してくる。
 明日は暇だって、返事を…返事をしなくっちゃ…と思うけれども、引きずり込まれるように意識が薄くなる。

   ねむい……

 だいたい、こんな時間に送ってくるのがいけないんだよな…それにもう日付越えてるから今日じゃないか…
 夢か現かの瀬戸際でそんなことを考えていたら、もう一度手元で携帯が震えた。
 ああこれはきっと、明日どうする?とか。時間とか。そういうメールだきっと…
 でもいいかもう。明日で。だってすごい眠いもの…

 まだ何も決まってないけれど。
 きっと明日は君に会える。
 何の計画もないけれど、でもそれだけで十分だ…

 沈むように途切れた意識の先の眠りは、ひどく暖かで柔らかかった。
 明日は君に会える。
 今は一人で今夜は淋しくても。
 何でこんなに急速に眠くなったのか、本当は分かる気がする。
 安心したんだ。
 私、ちょっと何かがこわかったかな。
 だけどほんの少しだけまだ癪だから、そんなことは教えてあげない。
 まぁいいや。
 とにかく明日は君に会えるだろう。
 それだけで過不足なく満ち足りて、私はあっさりと眠りに落ちた。
# by ichimen_aozora | 2005-02-05 03:36 | ふたり sideA
バームクーヘン
 バームクーヘンを見ると、バームクーヘンを丸齧りしたいといっていた人のことを思い出す。そんなときしか思い出さないのに、それでも忘れてはいないんだ、ということに、微かに動揺する。
 不思議。
 ただ。
 バームクーヘンが食べたいって言ってただけなのに。

 あんまり何度も言うので、じゃぁ一度齧ってみれば、と言ったときには私たちはまだ高校生で、それもお金のない高校生で、切り分けられたものはともかく、丸い形をしたバームクーヘンは私たちには、随分と、高価だった。
 もっとも、本当に丸ごとのバームクーヘンというのはもっとずっとずーっと大きいものなんだ、ということは、全然知らなかった。
 バームクーヘンは、丸くて、真ん中に穴が開いていて、幾つもの層になっていて、駅前の洋菓子屋のウィンドウに入っていた。
 育ち盛りだったらしい彼は呆れるほどいつもおなかがすいていて、その店の前を通りかかるといつだって、丸齧ってみたいと言った。
 甘いものがさほど好きではない私は想像だけで胸焼けがしそうだと思っていたけれど、彼にとってその望みは本物らしかったので、バレンタインにはケーキを焼いた。
 さすがにバームクーヘンの作り方は分からなかったので、真ん中にバナナを入れた巨大なロールケーキを焼いて、綺麗な紙に包んであげた。
 丸齧っても良いよ、バームクーヘンじゃないけど、と言ったら彼は、随分と嬉しそうな顔をしたんだ。
 ほんとに?全部食べちゃうよ?と、寒い公園のベンチで包みを開けながら彼は言って、良いよ、と答えたらもう一度嬉しそうに笑った。

 今ならもう、丸いままのバームクーヘンは買える。別に、さほど裕福になったわけではないけれど。
 私は今も甘いものが苦手で、バームクーヘンを丸齧りしたいなんて思わないけれど。どうしても、見るたびに、何故なんだかあの人の事を思い出す。
 夢は叶っただろうか。随分と、ささやかで食い意地の張った夢だったけれど。
 夢は叶っただろうか。
 今ならバレンタインに、買って贈ってあげられるのにな。いいよ、丸齧りして、って、言えるのにな。
 それとも今年辺り、誰かにもらうだろうか。そんな、ちょっとばかばかしいような昔の夢を、知っている人がいるだろうか。私以外にも。
 それとももう、彼も忘れてしまっただろうか。そんなことを、いつも言っていた頃のことなんて。
 今ならきっと、もっと美味しいケーキだって焼けるんだけどな、と思って、ちょっと笑った。
 いつまで私はこうして、ふいに思い出したりするんだろう。
 いつまでもきえなかったらそれはそれでちょっと困るな、と思って、目を細めた。
# by ichimen_aozora | 2005-02-02 12:25 | ふたり sideA
君のため (後編)
「指輪は死んでもいやだって言わなかったか?去年」
「さぁ~どうだったかな」
「去年ペアリングにしようかって言ったら全否定したくせに」
「それはさー、まだ覚悟が足りなかったからね」
「覚悟ねぇ…」
「残るものを貰うのって怖いじゃん」
「で、覚悟できたの?」
「さぁねぇ」
 謳うように言って軽やかに足を早める。
 しょうがないなぁと思いながら、僕はのろのろと着いていく。
 でも、だいぶ先に行ってしまった彼女が早く早くと急かすように振った手には確かに銀色のリングがはまっていて、何だかまんざらでもない気分になる。
 エンゲージリングでもあるまいし、物は物だろうという気がしないでもない。けれどふとした瞬間に、僕が贈った指輪が光を跳ね返すのは、悪くない。
 悪くないから、来年はもう一回り小さいのを贈ってやろう、と決めた。
 彼女は嫌がるかもしれないけれど、そんなのはどうせ照れとか意地とか過去とかそんな下らない理由なんだ。
 そうして、そういうくだらないものを取っ払ったその下に、彼女はとても綺麗な笑顔を持っていて。
 ひどく不器用なだけなのだ、ということを、僕はもう知ってしまっているから。
 彼女がどんなに意地っ張りでも頑固でも、勝手気ままで掴めなくても。
 彼女が笑ってくれるなら、僕は、何でもできるような気がしたりする。
 そんな小さな指輪一つで、彼女が一瞬でも素直になれるのなら、僕は。
 毎年だって飽きずに贈る。

 君が笑ってくれるなら僕は、ひどく幸せな気分になるよ。


「なぁ~今晩鍋しようぜ。鍋」
「おおっいいねぇ。何鍋にする?」
「そうだなぁ、寒いからあったまるのがいいなぁ」
「そんなら材料買いにいこ。あのホットプレートはほんとに便利なんだ」
 急に張り切った彼女が、僕の手を引いて歩き出す。
 右手に当たる固いリングの感触が新鮮で、僕はまたそっと一人で、気付かれないように小さく笑った。
# by ichimen_aozora | 2005-01-29 05:17 | ふたり sideB