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金色の時間 (vol.1)
「いない…」
 4限目のチャイムが鳴り響いても、彼女は教室に来なかった。この授業、取ってるはずなのに。木曜日の唯一被る履修。
 今日、行政法のノート持ってきてくれるって言ったのに…。
 どうでもいい瞬間にはあっけなく見つけることが出来るのに、探している時はいつもいない。僕から見た片山ちひろは、そういう人だった。

 気だるい午後の授業を何とかやり過ごし、終了のチャイムとともに席を立った。一応、彼女の分のレジュメも貰っておいた。まぁ彼女のことだから、妙に広い人脈と伸縮自在の結束力で、レジュメなんて簡単に手に入れるのだろうけれど。

 僕はそうはいかないからなぁ…一人ごちながら、明るい午後のキャンパスを巡る。彼女を探して。予約済みのノートが、彼女の取ったものかどうかは分からないけれど、そのノートが、僕の単位取得を助けてくれることは間違いないだろう。

 学食にも図書館にもいない。自販機前のベンチにも。
 ほんとに来てるのかな…念のため携帯をチェックしたけれどメールも着信もなかったから、急用って訳でもないらしい。
 どこかにいるか、もしくは完全に忘れられてるか。
     どっちかだ…
 ぐるぐる歩く。ぐるぐる。
 途中彼女とよく一緒にいるメンバーを何人か見かけたけれど彼女は一緒にいなかったので、これはもう、忘れられたってのが濃厚だろう。
 あーあ。まぁ、仕方ないかなぁ。借りるのはこっちだし。
 諦めて、少し早いけどバイトにでも行こうと思って正門前のバス停を目指していると、ふと、行き交う学生の群れの向こうに見覚えのある、限りなく金色に近い茶髪が見えた。
 正門へと続く大階段の横に広がる芝生の傾斜に、彼女はひとりで、膝を抱えるようにして座っていた。

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# by ichimen_aozora | 2006-06-08 14:52 | 金色の時間
記憶
 小さな部屋の小さなソファーで。おもむろに腕を伸ばして首に絡める。
 引き寄せた顔に、ふわりと唇を寄せながら反射的にふと目を瞑る。
 近くに寄った首の向こう側で、腕が余っているのが分かる。こういうとき、私の腕って長いなぁと、どうでもいいことを再確認したりする。
 もう慣れた感触。唇の柔らかさは、人によって違うよな、なんてことも知っている。
 触れてふと離れて。戯れるようにもう一度触れたら急に、背中に強く腕を回された。
 ちょっと苦しい、と思う。のしかかるように斜め上から見下ろしていたはずなのに、あっという間に視線が入れ替わる。やっぱり力は強いな、と思う。
 回していた腕を解いてソファについて体を支える。倒れてしまう事のないように。その間も、首と肩と背中にかかる重みを感じていた。
 唇に触るのは、さっき私がしたみたいな微かな感触ではなくて。その柔らかさも何もかも、押しつぶすような荒っぽさだった。
 のったな、と思う。罠にかけたわけではないけれど、誘ったのは私だろうか。
 首に手をまわしたのは無意識だったけれどそれでも、強く引き寄せられる事を狙っていたんではなかったか。
 強く、抱きしめられた背中が痛い。重みを支える腕も肩も首も、緩やかにしなっている。
 目を開けないままで、自分で仕掛けた結果を受け止めながら、でも。
 私は始終冷静だった。ずっと。目を閉じたままで。

 この人の中で。私の存在はきっとずっと長く残るだろう。
 いつか、今ではない未来に二人が別れてしまったとしても。
 この人の歴史のなかに私はきっと残れるだろう。
 私の中で、この人が残るかどうかは分からないけれど。

 そう思うと、ちょっとした優越感が生まれた。冷静な頭の中で。
 そしてひどく、愛しいと思った。今、誘われて身を寄せるこの人のことを。

 嘘ではないのだ。何一つ。嘘ではない。
 愛しいと思ったことも。手に入れたいと思ったことも。
 偽りはない。誤魔化しもない。
 ただ、始終頭のどこかが冷えている。
 無意識にする計算を、きっとでも、この人だって見抜いているに違いないけれど、それでも。
 誘われてくれるこの人が愛しい。きっと、本気で誘われてくれるこの人が愛しい。
 だから私はまた、身長の割に長めの腕をこの人の首にゆるゆるとまわす。
 支えを失った体が後ろに倒れていって、目を開けたら、彼の短い髪の向こうに白い天井が見えた。

 

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# by ichimen_aozora | 2006-05-26 02:25
君の名を (vol.4)
「あ…」
 ふいに佐々木は立ち止まる。
「ん?」
「彼女、名前は?」
「え?」
「名前」
「ああ。片山」
「片山、なに?」
「かおる。…呼んだことなんか、無いけどな」
 佐々木は何か、耐えかねたような表情に歪んだ。たぶん、笑ったんだと思うけど。
「呼んで、みれば?」
 佐々木の、言葉の趣旨が上手くつかめなくて、先を促すように黙っていた。
 佐々木が小さく首を傾げる。それでも視線は真っ直ぐに届いて、そういえば俺はこの視線が、気になって好きになったんだよなぁと思い出す。
 口を開く。高くも低くもない、聞きなれた佐々木の声。
「呼びたかったんなら、呼べばいいのに。案外、それで何かが、伝わるかもしれない」
「え…」
 俺は本格的に言葉を失う。
 佐々木はそんな俺を見て、やっぱり笑う。困ったように、静かに。
 何てことだ。こいつにまで、俺は敵わないんだと思い知らされる。
 じゃね、と短く告げてもう一度歩き出す。肩の辺りで振り返らないまま手を振って、今度こそ立ち止まらずに。

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# by ichimen_aozora | 2006-05-04 04:19 | 君の名を
君の名を (vol.3)
「藤森はなんて?」
「え?」
「そのとき何て言ってた?」
「ああ…水野の片思いは終わってないからなって」
「片思い、か」
「片思いじゃないの?」
「いや。まぁそうなんだろうけど」
 果たしてそこまで行ってたかどうかすら、危うい。
 認識していたのは、いつだって際立つように見えた彼女の姿だけで。
 偶然に見つかるのではない、ということに、気付いたのだってだいぶ後のことだった。
 探していたんだ。ずっと。いつだってきっと一人で立っているから。周囲に歯向かうように、全身で風を受けて立っているから。
 彼女は避け方を知らなかったのだろうか?うまくやるコツってのがあるんだと、本当に知らなかったんだろうか?
 何を守りたかったんだろう?
 今となってはもう、彼女自身も覚えてはいないだろうけれど。

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# by ichimen_aozora | 2006-05-03 04:01 | 君の名を
君の名を (vol.2)
「彼女ねー…何考えてるんだか、分かるような、分からんような」
「俺にはさっぱり分からんわ」
「あんたは鈍いから」
「そうでもねーよ」
「鈍いよ」
「どこらが?」
「仏語のユミ。あんたに気があったじゃん」
「え?うそ」
「や、まじで。まぁもう、彼氏できて幸せみたいだから意味ないけどねー」
「早く言えよー。知ってたんならよー」
 ユミは結構可愛くて好きな顔だったのに。
「言えるわけないでしょー?私ユミの友達だもん」
「尚更じゃねーか。何言ってんだよ」
「振られるの分かっててけしかけられるかっつーの」
「おまえなぁ。ユミならOKに決まってんだろ?」
「そうかね?」
「そうだよ」
「しないね」
「するって」
「しないよ。あんたは」
 何故か佐々木は、呆れたように諦めたように断言した。

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# by ichimen_aozora | 2006-05-02 02:18 | 君の名を