タグ:「夏の記憶」シリーズ ( 45 ) タグの人気記事
春休み (vol.5)
 ごめんなって、なんだそれ。同情?
 謝る理由なんて何もないじゃないか。なんだそれ。
 ばかにしてるよな…

 携帯電話をベットの上に投げつける。開いたまま置いてきたアルバムの事を思い出してもう一度兄貴の部屋に引き返しながら、僕は、兄貴が乗ったであろう特急列車の事を曖昧に思い浮かべる。
 電波の向こうから聞こえた歪んだ喧騒。けたたましい発車ベルと、耳障りなノイズ。
 それから、修学旅行で一度行ったきりの西の街。ぼやけた記憶の中でなお、ありえないくらいの人の群れと、鮮やかな街並み。
 色んな店があって、目新しいものに溢れていて、片山さんが住んでいる街。

 そこは遠い世界だ。僕にはまだ、届かない世界

 兄貴には届くのだろうか。
 きっと、届くのだろう。
 だって、僕と片山さんの間にあるのはささやかなだけの偶然だけど。兄貴にはもっと、確かな理由がある。
 僕には絶対に手に入らない時間を、共有していたという歴史が。

 やっぱり羨ましいよな…

 いつ見ても、何度見ても、変わらない位置と色で残り続ける言葉はずっと、もう消えてしまうことはないのだから。
 片山さんには彼氏がいて、それが同級生で友達で、二人はいとこ同士みたいに似通っていて仲がよくて、ずっと何も、言えなかったんだとしても。
 同じ三年間を、同じ校舎で、過ごして過ぎ去って、今もこんなにも完全に閉じている。
 離れ続けていくばかりだとしても、もう二度と重なることはないんだとしても、それでも同じ延長線上に、同じ時間軸のなかを生きている。

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by ichimen_aozora | 2006-02-22 01:25 | 春休み
春休み (vol.4)
 ざっと見ても、片山さんの書き込みは見当たらなかった。僕はめげずにアルバムを裏返して裏表紙をめくる。裏の見返しにも同じように所狭しと書き込みがされていて、兄貴は僕が思うよりもずっと、人望が厚かったのかもしれない。
 今度こそ捜索は難航したけれど、僕の予想通りに、片山さんの書き込みもちゃんとみつかった。
 たった3行ほどの、短いメッセージ。小さな文字は妙にたどたどしく、意外なほどに拙い。あの人がこんな字を書くのかな…訝しく思ったけれど、ああそうか、と、また忘れがちな事実を取り戻す。
 だってこれはもう、4年も前のアルバムなんだ…4年もあれば、人はどれだけ変わるのだろうか。もう一度ページを開きなおして、ポートレートを確認する。何度みたって見慣れない濃い黒褐色の長い髪と不安げに揺れた瞳は、僕の知らない彼女だった。

 片山さんは、もっと静かに綺麗だったな…

 僕の記憶の中の彼女は、どれも緩い風の中にいる。図書館の自習室の窓際の席で、乗せて走った自転車の後ろで。
 透けるように茶色いふわふわの髪を揺らして、笑うように小さく目を細めて。
 色とりどりの寄せ書きの片隅で、周辺に埋没するようでいてきっちりと輪郭を残した濃紺インクの綺麗な色だけが、いまも僕の記憶に強く跡を残している片山さんに、不思議とリンクしていた。

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by ichimen_aozora | 2006-02-20 03:58 | 春休み
春休み (vol.3)
 取り留めない思考に捕らわれながら、片付いた部屋の表面をゆるゆるとなぞっていた目の端に何かが引っかかった気がした。なんだろう、なにか見覚えある何か。
 もう一度攫うように目を走らせて、机の上で目が留まる。
 何気なく、置き去られている青い表紙の大判の平たい本。銀色の文字で、県立御園高等学校。僕は、先ほどの遠慮はすっかり忘れてずかずかと部屋に踏み込んだ。

    なくしたなんて、やっぱ嘘じゃん…
 どうせ信じてなんかいなかったけど。

 夏の終わり、兄貴が頑なに見せてくれなかった卒業アルバムを、僕がようやく目にしたときには、もう随分と寒くなっていた。
 高校の資料室の埃っぽい片隅、隠れるように密やかに並んでいた青い背表紙。僕はそれを偶然見つけて、なんだか衝動に抗えないままに、引っ張り出してそっと開いた。
 とりどりの写真、整然と並ぶポートレートの中に、先輩も兄貴も片山さんも、今よりだいぶ幼かったけど、そこにはちゃんと、みんないた。

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by ichimen_aozora | 2006-02-19 00:26 | 春休み
春休み (vol.2)
 空腹なことに急に気付いて、台所に行って冷蔵庫を開けて中身を物色した。残念ながら、碌なものはない。とりあえず牛乳を取り出して、飲みきるつもりで口をつけた。春休み、平日の昼間。たった今兄貴が出て行って、家には他に誰もいなかった。

 兄貴はどこにいったんだろう。
 別に、どこでもいいけれど。

 そう思いながらもう一度階段をあがると、隣の兄貴の部屋の扉が無造作に半分開いていた。よほど慌てて出かけたらしい。
 ふらふらと、よく考えずに扉に近寄る。いつもは用もないのに入ったりはしないけれど。行き先を告げないまま慌しく出て行ったのがやっぱり何となく気にかかって扉を開けた。部屋主不在の間にずかずか踏み込むのもどうかと思って戸口に立ち止まる。いつも通りに、適当に片付いた部屋。特に変わった様子はないけれど。
 まさか、この年になっていきなり家出はないよな…くだらない事を考えながらぐるりと見渡すと、多少、いつもよりは余計にきっちりと片付いているような気もした。
 例えばベットとか。クローゼットの周りとか。布団がめくれていたり服が積まれていたり。そういうどうってことない行動の後は消えている。わざわざ部屋を整えていったところを見ると、やっぱり、兄貴はどこか、友達の家とかじゃなくってどこか遠くへ、出かけて行ったような気がした。

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by ichimen_aozora | 2006-02-18 16:04 | 春休み
春休み (vol.1)
 一昨日、高校生が終わった。だからなんだ、という話だけれど。
 物事の終わりというものはかくもあっさりしたものだろうか?
 それとも僕が鈍いのだろうか。よく分からない。

 入試が終わって発表を待って、ほっとしたらもう卒業式だった。
 飛ぶように過ぎた3年最後の三学期は高校に顔を出す暇もあんまりなくてひどく短かった。
 卒業式はただただあっさりとしていた。合格も不合格も同じくらいいるクラスの打ち上げは、妙に湿っぽかったり荒んでいたり浮き足立っていたりしていて微妙だった。
 僕はといえば感傷に浸るまもなくひどく気が抜けてしまってぼんやりとしていて、要するに、意外と楽しくなかった。
 
 受験が終わったらあれやこれやとしたいことも行きたいところも沢山あったはずなのに、なぜかすっかりその気はなくなっていた。どちらかというと面倒。というわけで、僕はひたすら、削り続けた睡眠を取り返している。

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by ichimen_aozora | 2006-02-17 00:30 | 春休み
今年の夏 (遠い空 vol.9)
 机の引き出しを開ける。探さなくても分かる、指輪のある場所。いつも目に付かないのはきっと、意識的に目をやらないからだと気が付いてはいた。目をそむけているという事実からも目をそむけるようにして。
 忘れたわけではない。決して。忘れられるわけがないのだ。そう簡単に。
 それぐらいの想いだったなら追い詰められる事もなかったかもしれない。今も、あれからずっと。遠く離れたままでも耐えられたのかもしれない。
 ずれも歪みも許容できるほどのゆとりが、あの頃の私にあったのならば。

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by ichimen_aozora | 2006-02-14 23:25 | 遠い空
ざわめき (遠い空 vol.8)
「ごめん。時田君」
 それは何に対してだろう、と、思いながら謝った。
 嘘ではなかった。ごまかしでもない。それでも時田君にはきっと謝らなければいけない。
 後悔はしていない。罪悪感もなかった。ただ、どうしようもない。
「ごめんね」

 淋しいと思った。
 久々に。
 こんなに冴え冴えと淋しいと思ったのは、一体いつ振りだろうか。
 ほんの少し懐かしい。
 そして、痛々しい。
 独りだな。そう。本当はいつだって独り。
 そんなこと、そんな当たり前のこと。何で忘れていたんだ。
 みんなといても、二人でいても、人はいつだって、自分以外ではありえない。決して紛れない孤独を、抱えもって目を上げる。誰も。誰しも。
 だから近づきたいと思うんじゃないか。少しでも。傍によりたいと。手を伸ばしたいと。
 名前を、呼びたいと。

 

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by ichimen_aozora | 2006-02-09 22:03 | 遠い空
時田君 (遠い空 vol.7)
 日付調整完了。夏を待つばかりの日々は、細かくて慌しい予定になった。テスト前恒例の多量のノートコピーの交換約束の手はずもつけつつ残りの授業を消化しながら、開き時間のほとんどは、1ヵ月半の無収入に対応すべくやたらと働いていた。
 
 高台にあるキャンパスの、学食の大きな窓からは、広がった空と、ずっと遠くに海が見える。相変わらずくすんで、霞んでよく見えないけれど。
 七月に入っていた。梅雨はまだ空けない。
 気休め程度にレジュメに目を通しながら空きコマの三限目をだらだらと潰していると、向かいにいた時田君がふいに顔を上げた
「片山。夏はどうする?どっか行かん?」
「え?」
「やっぱ海とかー。別に山でも温泉でもええけど。やっぱ海やろ。夏やし」

 なんの話だろうと、ぼんやり思った。
 実家にも電話をしたし、バイトも長期の休みをもらった。荷物は段ボールにつめかけで、あとは、そうだ、電車の切符も早めにとらないと…
「片山?どうしたん?」
 時田君が小さく首をかしげる。その仕草が随分と無防備で、ようやく、私のやらかした随分な事実に気付いて唖然とした。

―――なんのことはない。すっかり忘れていたんだ…

 顔を上げて、時田君と目を合わせる。時田君が小さく笑って、なんだか居たたまれなくなった。
「…ごめん。私はいかれん」
「え?なんで?」
「今年は実家に帰るんよ」
「大丈夫やで。日程はあわせるし」
「そうじゃなくて、ずっと」
「ずっと?」
「夏休み一杯、ずっと」
 時田君は、純粋に不思議そうな顔をしていた。

「なんで?それ、帰らなあかんの?家族行事とか?」
「そうじゃないけど」
「じゃあ、ええやん。こっちで残って、遊びに行こうや」
「うん。でも」
「ゼミのメンバーで旅行行こうって話もあんねんで。皆行くし、だから片山も行こうや。行くやろう?」
 時田君が、穏やかな笑顔のままで引き止める。あくまで穏やかに。でも、承諾を信じて疑わない風に。
 言われれば言われるほど何故か、帰らなければと頑なに思った。

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by ichimen_aozora | 2006-02-02 22:42 | 遠い空
雨音 (遠い空 vol.6)
 駅前のスーパーで、帰省前の荷造りに向けて大きなダンボールを貰った。
 こっちにきて3年とちょっと、そういえばあんまり帰らなかったなと思う。遠恋が終わってから更にその傾向は強まった。お盆とお正月にちらっと顔を見せに帰るくらい。長い帰省は、今回が初めてかもしれない。
 時間割と手帳を見比べて予定を決めた。授業が終わるのは七月の中ごろ。前期の試験は夏空けて九月。
 試験の後、後期が始まるまで、通称秋休みと呼ばれる空白期間があるけれど、夏休みの日取りは高校の時とさほど変わらない。
 バイト先のレストランは、シフトが埋まらないと判明すれば殺伐とする。下手して帰れなくなるのを危惧して、店長には早々に、大胆にも1ヵ月半の休みを申し出た。なんとか許してもらった。
 母親より少し若いくらいの女店長は、渋々といった感じに頷きながら、困ったようにため息をついた。

「すいません」
「ええけど。珍しいね、片山さん」
「はい。最後なんです」
「そう、そうやね。もう4回生なのね」
「はい」
「ここに来たのはいつやっけ?」
「1回生の、秋ごろですかね」
「そう。もうすぐ3年も経つの。あの頃は、この娘どうなる事かと思ったけどね…早いわぁ」
「ほんとに…」
「それで、いつまでやれるの?」
「来年の、1月か2月か。それくらいですかね」
「そう…」
 店長はまた、今度は隠す素振りもなく大きく溜息をついた。
「あなたが戻ってきたら、またバイト募集の紙出すからね」
「またですか」
「またよ。それで、卒業までに、新人なんとかして」
「えー…。足りませんか?今のままで」
「足りんでしょう?あなたが抜けるんよ?最古参でしょうに。それに、つられて若い子がどっとやめたら困るやない」
 店長の言葉に、思わず俯いて笑う。
「つられて、若い子が、ね」
「その辺のことも言っといてよ」
「はい、はい」
「頼んだから」
「分かりましたよー」
「だから夏はいいわ。休んで」
「ほんま、助かります」
「今やめられたら困るからね」
 私はもう一度俯いて笑った。幾らでも替えのきく学生バイト。1ヵ月半の完全休暇はさすがに、くびになってもおかしくない。破格の待遇。
 軽い口調の裏で店長はたぶん、本当にそう危ぶんだのだろう。

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by ichimen_aozora | 2006-01-25 01:19 | 遠い空
きらきら (遠い空 vol.5)
 失恋したから髪を切る。なんて古風な風習は、今でもどこかに残っているだろうか。
 失恋したから髪を切る、なんて行動に出るのは恥ずかしかったからやらなかった。ただ、思い切ったことをしたくなる心境は、実感としてよく分かった。結局その気持ちがずっとくすぶっていて消えないままで、仕方がないから、成人式をまってから実行に移した。
 ずっと、生まれてから、ハサミいがいの余計な手を加えたことのなかった髪は、結構綺麗だったと自分でも思う。生まれつき少し、茶色がかっていたけれど、くせのない、割とはりのある髪は、大抵長く伸ばしていた。
 明るくしてください、と初めていった時、大袈裟だとは思うけれど、大事にしてきたものを壊すような気がした。無口になるほど緊張したのに、季節が冬だったせいか、あんまり変われなかった。
 
 本当は、こんなにまでするつもりなんかはなかったのだけれど。
 エスカレートするのは、笑っちゃうくらいに早かった。それから何度か美容院に行って、次の夏のさなかの頃には、私はだいぶ金髪に近かった。鏡の中から見返す瞳は、見知らぬものを見るように不思議そうだった。これは誰だろう。私だろうか。首を傾げると、同時に鏡の中の姿も傾げたので、やっぱり私だろうと思った。
 なんだかおかしくて笑った。地元に帰っても、もしかしたら誰にも気付かれないかもしれないな。そう思うと、おかしくて、少し泣きそうになった。
 ああ、でも、こんな頭じゃ実家には帰れない。そう思って、やっぱり俯いて独りで笑った。

 それから2年くらいが経つけれど、私の髪はおおむね金色っぽい。まるで知らなかったけれど、一度ここまで明るくしてしまうと、色を入れても退色が早いのだ。特に私の髪質は、染まりやすく、落ちやすいらしい。時々元に戻ってみようと思って濃い色に染めても、するりとすり抜けるようにすぐに、金色に戻った。
 幸いというかなんと言うか。この街でも、私の周りでも、明るい髪は流行っていたから、さほど浮いたりはしない。校則からも世間体からも切り離された大学生が、ひどく自由で奔放で、無防備なだけなのかもしれないけれど。

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by ichimen_aozora | 2006-01-18 20:21 | 遠い空