タグ:「夏の記憶」シリーズ ( 45 ) タグの人気記事
未来 (遠い空 vol.4)
 物がほしかったのだ。何か、重たく意味を秘めた物体が。
 どれほど些細で安っぽくても構わない。その意味を、知っているのは自分だけでも構わない。そう、くれたその本人さえ、その意味の重さには気付いていなかったかもしれない。でもそれでもいいと思った。構わないと思った。
 縛りたかったのは自分のことだ。自分で乗せた重みに、つながれてじっと動けないようにしたかった。ひどく不安定だったのだ。寄る辺ないほどに。
 言葉を変えれば、そう。
 私は生まれてはじめて、ひどく自由だった。自分でも驚くくらいに、どこまでも行けてしまうほど軽やかに。

 私は確かに望んでいたし、自力で真っ直ぐに掴み取ったのだ。私には、切り離してしまいたい息苦しい様々が絡んでいたし、そろそろそれも限界だった。とりあえず遠くに行きたかった。だから遠くの大学を選んだ。誰からも疑問や反対を受けなくてもいい程度の高い目標を掲げて、賭けに出たのだ。勝負だと思った。勝負は勝ちに行かなくては。
 可能性はなくはないけれどもいたって低かった。低かったけれども気にしなかった。気に病まなかったわけでは決してない。私は鬱々と泣いたりもしたし、噛み締めた唇を切ったりもしてみた。それでも遠くの街に描いた未来は鮮やかに明るく、躊躇いはなかった。
遠くに行きたかった。本当に私は、ずっと遠くに行きたかった。

 一緒に行けるなどという甘い夢は、まるで見なかったといえば嘘になるけれど。
 一度くらい、冗談のように、一緒に行こうよと誘ったかもしれない。でも、無理だと知っていた。それは単なる身勝手なのだということは、ちゃんと、分かっていたのだ。
 ずっとずっと、一緒にいたいと心から願っていた。本当に、一緒にいられたならどんなにいいだろう。何も問題ないように思えた。
 ずっとずっと一緒にいられるのならば、壊れることなどありえないように思えた。
 ずっとずっと、一緒にいられるのならば。

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by ichimen_aozora | 2006-01-07 07:25 | 遠い空
残像 (遠い空 vol.3)
 大学最後の春が、麗らかに過ぎていく。
 桜が咲いて、柔らかな風が吹き、桜が散って、季節はいつの間にか巡っている。
 春と言う季節はいつも短い。空気がようやくぬるんだと思えば儚く一瞬花吹雪は街を舞って、気付けばもう行きすぎようとしていた。
 梅雨に入る前のひと時、薄く白く霞んでいた空が青く澄み渡って、気温が急に上がる。一足早い束の間の夏の気配は、毎年私を無闇に動揺させる。

 夏は好き。一年中でたぶん一番夏が好き。
 ただその理由が分かりやすいほどありふれていて、馬鹿馬鹿しくて悲しくなる。
 鮮やか過ぎる印象はひどく限定されていて、情けなくなる。
 グラウンドに響く掛け声と、歓声と、切り裂くように吸い込まれるように舞い上がったボールの面影は今も、薄れないままに沈んでいる。
 私の深いところに。私の、きっととても核心に近いところに。
 だから、何一つ、なかったことには出来ないだろう。
 どれほど哀しくても。どれほど切なくても。
 情けなくて女々しくてバカみたいに愚かだと分かってはいても。

 手放す事は出来ないのだ。その記憶も。
 事実も想いも後悔さえも。

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by ichimen_aozora | 2005-12-31 07:12 | 遠い空
階段教室 (遠い空 vol.2)
 4限最後のチャイムがなった。
 がたがたと一斉に席を立つ、慌ただしい人の流れを、後ろのほうから眺めていた。すり鉢状の巨大な階段教室は、大学に入ってまず始めに目新しかったものだ。真面目な学生が前から順に席をつめるのを不思議な気持ちで見ていた。私はいつも、ずっと後ろの方に座る。マイクを通した声はここでもよく聞こえたし、ノートに丸写しするような板書もあまりなかった。
 前の方の過密度に比べると後ろの方は随分と空いている。広々と静かで、それなのに飽和しているような柔らかな閉塞感。巨大空間に一人浮いているような錯覚が、気に入っている。

 つい先日、内定を貰った。物凄く早いほうではないけれど、割と早いほうだった。
 とりあえず落ち着いたので、リクルートスーツをクリーニングに出した。
 まだいくつか残っている単位は、前期のうちに取り切ろうと思う。春休みを挟んで久々にまともに参加した講義はやっぱり、ゆるゆると眠くて、それがなんだか懐かしかった。

「片山」
 どこかで呼ばれて、その声で誰だかは分かる。緩慢に目を上げて姿を探すけれども、見つける前に肩を叩かれた。
「来てたんや。今日はもう来こんかと思った」
「うん」
「あとで、電話しようと思っててん」
 もう聞き慣れた柔らかな言葉は好ましく思う。
 目の前の存在も。きちんと好ましく思う。
 だから、大切にしなくては。
 本当は昼から来ていたことは告げずに少し目を細めた。笑ったように、見えたと思う。
 促されて立ち上がる。
 いつの間にか、きっちりと閉じて完成していたはずの空間は、跡形もなく消えていた。

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by ichimen_aozora | 2005-12-26 04:44 | 遠い空
逃避行 (遠い空 vol.1)
 一番好きな人には恋人がいて、自分の入る余地も可能性もないことは分かっていた。そういうとき、どうすることが一番正しいのだろう。
 私はあまり迷いもせずに、他の人からの告白を受け入れた。結構仲がよかったし、割合と好きだったし、差し当たってはうまくいくような気がしたからだ。
 罪悪感などはなかった。まともな選択だと思えた。
 だけどあるとき、一部の人から随分とキツイ反感を買っているらしいことを知った。
 別に人が内心思うことには制限はないが、それでも気付いてしまえ気にはなる。個人の勝手だろうと反論したくなる。

 自分のほうが好きなのだから身を引けというのか。
 そうでないなら、では、私にどうしろというのか。

 一番でない人と付き合うことが卑怯だなんだと言われるのなら、私は誰かと、恋をすることなんてもう出来ないかもしれない

    ☆

 もしかしたら自分が思っているよりは、私は人の気を引いているのではないかと初めて考えた時、もうすぐ二十歳になろうとしてた。その頃私は、長く続いた重大でかけがえのない日々を閉じたばかりで、いまだ慣れない土地に一人、どうしたらいいか分からないでいた。
 もう随分と一人でいた気がしたのに何故だろう。別れよう、の一言は重く確かに、日常の間に間に長い間響いた。
 何も変わらない、はずなのに、結局のところ私は寄る辺を失ったのだ。

 頼りない浮遊感に苛まれて歩き回ってばかりいた。言い出したのは自分であるくせに、立ち止まれば気付けば泣いていたりするから、ずっと歩き回ってばかりいた。
 そうだね、と簡単に同意されたのが悔しかったのかもしれない。止めてほしかった。遠いところにいった存在等、その程度かと思い知りたくはなかったのだ。
 好きなだけでは全てがうまくいくわけでもないらしい。そんな自明の理に気付く程度には、大人になっていたらしい。もっとも本当は、初めから結末は読めていたはずなのだ。ただ見ないようにしたかっただけで。
 それでも私は故郷から飛び出したのだ。飛び出さなければと痛切に思ったのだ。それは確かに、正しい選択だったのだけれど

 やはり我が儘だったのは、私だけかもしれない。今になってそう思ったりする。
 たぶん今になったからようやく、なのだけれど。

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by ichimen_aozora | 2005-12-24 04:44 | 遠い空
西の街 (君の街 vol.10)
 例え俺がどんなに頑張っても、だめなんだろうな、と思う。
 俺は昔から片山のことが何となく分かる気がする。片山が滝に言ったっていう、正しくてやりきれないって気持ちも、分かる気がする。
 それはたぶん、俺が、感覚的に、滝よりも片山に近いからなんだろう。
 それでも片山は滝を好きになったのだし、たぶん、滝より俺が先に告白していても、他の同級生みたくふられただけだったと思う。

 きっと、時期が違ったって、結果は同じなんだ。

 それでも言ってしまえば取り消せない。隠して、誤魔化して、目をそむけてやり過ごす事はもう出来ない。今までずっと俺の真ん中で手を振っていた片山だって、過去へ過去へと流されていって、残像になる。
 いやでも進まなければならない。新しい世界に、新しい人に、正面から対峙しなければ…
 ずっとそれが怖かったけれど、もう、逃げ回れる時期も過ぎたのだろう。
 明るく光る携帯の画面に並ぶ数字。
 きっと振られるだろうけど…俺は穏やかに諦めている。
 いつだって、いつだって、彼女は遠くにいたじゃないか。このままだって、振られたって、別に何も、変らない。一度だって、すぐそばに来たことなんてなかったんだ。一度くらい、自分から近づいてみても、いいのだろう。
 彼女の電話番号を見つめながら、ふいに思いつく。
 どうせ一度なら、せっかくだから、直接面と向かって伝えようか…
 卒業してからずっと、会いに行くことなんて、考えた事もなかったけれど。
 積み重なったこの想いを、手放す覚悟があるなら。もう何も、こわいことなんて何もない。
 万が一、万が一にも手に入るなら。大事に大事にすればいい。きっと幸せにすればいい。

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by ichimen_aozora | 2005-07-21 18:47 | 君の街
真ん中 (君の街 vol.9)
「彼女と上手くいってんの」
「まぁまぁそれなりにな」
「片山の事は、もう、どうでもいい?」
「どうでもいいって事はないけど」
「じゃぁ、今度は俺が貰っていい?」
「貰っていいって、だからあいつ、誰かと付き合ってんじゃないの?」
「だから、そんなこと、俺には関係ないって」
 片山が今、誰と付き合っていようと。あれから何年経っていようと。
 きっと、そんなことは結局何の関係もないんだと思う。
 どうせ。今も。
 そして。これからも。
 片山のこころの中心は、滝がもっていってしまったままなのだから。
 俺たちは、もう戻れない。誰だって皆戻れないんだ。
 あの頃。16歳。
 まだ今よりもずっと子どもだった自分たちはひどく純粋で、だから、その想いにはもう敵わない。俺たちはきっと、あの頃の俺たちには敵わない。
 これから誰が現れようと。どれだけ時間が立っても。
 片山の真ん中には滝がいる。
 俺の真ん中で片山が手を振るように。

 でも滝は。
 滝は違うのかもしれないな。
 俺には、滝はまだ、キズもなくくすみもなく透明に見えるから。

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by ichimen_aozora | 2005-07-20 03:24 | 君の街
理由 (君の街 vol.8)
「より戻したりはしないのか?」
「今更か?今更だろう?」
「そうかな」
「そうだろ。だってもう何年前だよ。俺、今、彼女いるし」
「そんなこと、関係ないじゃん」
「そういうわけにもいかないだろ」
「片山は?」
「さぁ。ちょっと前は誰かと付き合ってたけどな」
「指輪してたってさ」
「指輪くらいするだろう。もう、ガキじゃないんだし」
「どんな指輪だったかは知らないけど」
「お前の弟か?情報源は」
 ちょっと困ったような顔をして、滝が珍しく言い当てた。

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by ichimen_aozora | 2005-07-20 02:05 | 君の街
初秋 (君の街 vol.7)
 ひどく暑かった夏が終わって、だらだらと続いた残暑が落ち着いた頃、随分と久しぶりに滝に電話をかけた。飲みに行こうぜと誘ったら、拍子抜けするほどあっさりと滝はやってきた。
 久しぶり、なんて挨拶も抜きで滝は、しょっちゅう会っているみたいに懐っこく笑って、最近どうしてるだろうなんて考えていたのは、俺だけだったみたいだ。

 なんだか妙にうまくいった就活は梅雨前には内定は下りていて、まだ正式ではないけれど、たぶん俺はこの街を出ることになる。そのことを伝えようと思ったのだけれど、そんなことは口実に過ぎなくて、結局。

 俺は片山のことがずっと気になっていた。
 夏の真ん中で。図書館で見かけた弟の背中の向こう側に見つけた、懐かしい彼女の横顔の事が。
 あの日から消えない彼女の記憶を、俺は誰かと共有したかったんだと思う。
 あの頃のころをよく知っているはずの、誰かと。

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by ichimen_aozora | 2005-07-20 01:53 | 君の街
視線 (君の街 vol.6)
 夏休みが終わって、二学期が始まって、当然浪人するのだろうなと思っていた弟の偏差値が飛躍的に伸びているのを知って驚いた。馬鹿ではないと知っていたが、さすがに短期間でここまで持ってこられると兄の俺が意味もなく狼狽してしまう。
 片山に勉強でも教わっているのかとちらりと考えたがそういうわけでもないらしい。弟は厳しい顔をして、学校だ予備校だ図書館だと忙しく回っていた。
「お前、浪人しなくてもいけるんじゃないの?」
「現役ではいる」
「まじで?」
「浪人はしない」
 やけに毅然とした態度で言い切って、妙に挑戦的な視線を向けてくる。弟に睨まれる筋合いはないと思うのだが、なにか、気に触るようなことを言ったのだろうか。
「どこ狙ってんの?」
「まだ未定」
「片山の後でも追うつもりか?」
 ほんの軽口で行ったつもりが、思いっきり禁句だったらしい。さすがに長い付き合いで、表にはさっぱり現さないままで弟が静かに切れたのが分かった。
「兄貴は全部知ってたんだろう?」
 ちらちらと揺れる瞳に隠してるはずの繊細さが覗いて、ああやっぱりまだまだ子どもなのだと思った。
 俺とは違う。まるで確かに。
 俺だったらもうあんな眼はしない。
 そうだ、きっと片山も。もうあんな目をしたりはしないだろうに。
「片山は元気?」
「帰ったよ」
「ああ、もう大学も始まるのかな」
「向こうで就職するって」
「まぁ大阪は都会だからな」
「もう戻っては来ないって」
「そうか」
「どうせ兄貴は知ってたんだろう?」
 

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by ichimen_aozora | 2005-07-18 04:32 | 君の街
追憶 (君の街 vol.5)
 滝と別れた片山は、すっかり遠い人になってしまった。帰ってきたという噂も聞こえてこないから、きっとほとんど帰ってきてなかったんだと思う。
 惨酷な正確さで時間だけが淀みなくめぐり、結局滝とも疎遠になってしまった。俺は俺で、大学に馴染むにしたがってサークルやゼミやらで忙しくなっていったし、西は西で、1浪して俺とは違う地元の大学に入って、慌しく浮き足立ったような日々を送っていたのだろう。
 俺たちはめったに会わなくなり、連絡も取らなくなり、そして、気付けば話す内容すら思いつかなかった。
 記憶の仲で高校時代は遠く遠く彼方に押しやられ、目の前の大学生活はぞれまでに比べればずっと自由で、軽やかで愉快で、何故か平べったいものだった。
 ふと我に返った瞬間には孤独の形が見えてしまう、そんなことが、不思議に理由もなく分かっていて、だからなるべく目をそらしていた。
 大学には自分の座席もなく、部室もなく、よるべがないままで、ただ何も気にしなければ楽しい日々だった。
 

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by ichimen_aozora | 2005-07-08 00:31 | 君の街