タグ:「夏の記憶」シリーズ ( 45 ) タグの人気記事
選択肢 (君の街 vol.4)
 俺たちは卒業し、そして予想通りに、それぞれがそれぞれの進路をとってばらばらに散っていった。
 あるものは地元に残り、ある者は東に行き、ある者は西に行った。
 就職と言う選択肢をとるものは今年もいなくて、数年のうちに皆が大学生になるだろう。高校時代という特別に聞こえる3年間はあっさりと幕を閉じ、俺たちは大学生や予備校生になった。
 俺は地元の大学に合格して、大学生をやっていた。
 滝は結局浪人して、地元の予備校に通っていた。
 そして片山は。関西の大学に合格して、この街を離れていった。片山は成績優秀だったから、その選択には誰も疑問を持たなかったし、誰も反対しなかった。

 片山は単身西に行き、あとには風のように内容のない些細な噂話だけが残っていた。
 他の誰も、何も、理由など考えなかっただろうし、そんなものは必要なかったのかもしれない。だけど、片山はもうずっと昔から、この街を離れることを決めていたようだったと滝から聞いた。
 片山は自分の家を、そしてこの街を、ずっと離れたかったらしいと言っていた。
 滝も詳しい事は知らないらしい。俺も特に、つっこんだ話を無理に知ることもないのだろう。
 どんな理由かは分からない。それでも、避けられない道がある。
 滝とのことを、考えなかったわけもないだろう。
 それでも、選ばざるを得ない選択がある。
 だって、俺はもう知っている。片山には痛みがある。決して見せはしないけれど、抱えて消えない傷がある。だからきっと、この街を出たのだろう。懐かしい風景の中に、親しい友人を置いて、付き合っていた人を置いて。

 片山には傷があったのだ。と言う事を、ようやく理解できる程度に、俺は大人になっていた。

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by ichimen_aozora | 2005-06-25 02:20 | 君の街
ふたりのこと (君の街 vol.3)
 片やつかみ所ない才媛。片山は不真面目だったのに本当に頭が良かった。そして片や明快な部活ばか。
 明らかにミスマッチだ、と思われていた二人は予想に反してひどく仲が良かった。そしてそのうち、他の組み合わせが思いつかないほど見慣れた二人になっていた。
 先生達すら知っていたんじゃないかと思う。二人は淡々と付き合っていた。喧嘩や別れ話のシーンなんて見たこともない。そういう意味ではひどく話題性のない二人だった。けれど、たぶん、学年では一番有名な二人だったと思う。

 特にべたべたしていたと言う記憶はない。むしろ、学校にいる間はあえて別行動をとっていたように思える。片山は、クラスメイトの滝と彼氏の滝をしっかり分けようとしていたんだと思う。同じクラスのくせにさして喋りもしない二人が、学校の外では、ひどく仲良さそうに手を繋いで歩いていたりする。俺はそんな二人をよく目撃していた。
 滝はよく、片山を自転車の後ろに乗せて走っていた。片山は後輪に立ったまま滝の肩を抱くように腕を回して掴まっていて、あれは、なんだか、見本みたいなカップルの図だった。片山が自分と滝の鞄を二つ交差にして両肩からかけていて、綺麗な髪が風に乗って。

 そういうときだけだ。俺が、滝を羨ましいと思ったのは。どこか、ぐっと、胸の奥がひどく苦しかったのは。
 だけど、割って入ろうとは思えなかった。二人は本当に仲が良くて、壊せる気がしなかった。壊したいとも思わなかった。
 俺はただ、時折息苦しさに耐えながら、何となく遠巻きに眺めていただけだ。
 
 二人はあのままずっとずっと行けばいいと思っていた。
 それは予測とか言うよりも、俺の希望的観測のようなものだったかもしれないけれど。
 二人はあのままずっと一緒で、いつか結婚でもすればいいと思っていた。
 拗ねてるわけでもひがんでるわけでもなくて、俺はこころからそう思っていたんだ。
 二人は俺たちの小さな希望で。
 誰も言い出さない控えめな羨望だった。

 

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by ichimen_aozora | 2005-06-22 03:09 | 君の街
片山のこと (君の街 vol.2)
 片山は、さほど目立つ要素のないような普通の生徒だった。それなのに、ひどく有名な人だった。
 それは、付き合う前も後もさほど変わらなかったから、それが原因なのではないと思う。
 明るくて不真面目で頭が良くて適当な生徒だった。なんなんだそれは、というようなまるで食い違う形容詞だけれど、何故だかしっくりと併せ持っているような人だった。
 可愛くないわけじゃない、とは思うけど、世の中可愛い人なんてのはたくさんいる。クラスにも学年にも片山より可愛い顔をした子はいたし、目を見張るようなスタイルの子もいれば、驚くほ どセンスのいい子もいた。
 だから片山はさほど特別ではなかったと思う。思うけれど、彼女には何か気にかかる要素があったと思う。でもそれはいわゆる、守ってあげたい気にさせる、とか言うものではまったくなくて。もっと、もっと神経に近い部分を一瞬掠めるような。
 当時俺たちはまだまだただのガキで、それがなんだか分からなかった。分からなかったけど、何かが気になって、妙に気に障って振り返る。と、そこには何故だか片山がいる。そういう感じ。

 今なら分かる。それはなんていうか、傷跡や不信や警戒と言った、なにか張り詰めた要素だった。彼女は明るく、ノリもよく、適当にさばけていて付き合いやすい人だったけど、どこかに絶対零度の一線を持っていた。俺はその気配だけを感じて振り返るけれど、そこにはそつなく笑う彼女がいるだけだった。

 何かがあったのだろう、きっと過去には。それは、言葉にしてみればほんの些細な出来事なのかもしれない。それでもどこかが傷ついていたのだろう。目に見える傷口は例えなんてことないかすり傷に見えたとしても、傷は必ず痛みを伴うのだ。必ず、本人だけが感じる痛みを、なにも知らない他人が、気のせいだとは笑い飛ばせない。

 彼女は賢く、用心深く、恙無い日々をきっと必死で手繰っていた。軽やかな日々に紛れてほんの一瞬だけ掠める翳。彼女は決して、まばゆいばかりに輝いた人ではなかった。けれど、彼女の持っていたギャップは、その正体に気付かせないままで、ひどく人をひきつけた。

 彼女は有名な人だった。誰も、振り返る意味に気付けないままに。彼女は気になる人だった。それは、俺も、例外ではなく。

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by ichimen_aozora | 2005-06-14 03:12 | 君の街
偶然 (君の街 vol.1)
 部活を引退して、俺の時と同じようにしばらくほうけているかと思ったら、弟はいそいそと図書館に通っていた。やけに通いつめてるなと思っていたら、どうやら片思いなんかしてるらしい。受験生の癖に、と思わなくもないが、往々にしてそういうものだろう。

 追い詰められたこころのどこかが、ふいに見つけてしまうのだ。
 普段なら気にもしなかったはずの瞬間を、妙に克明に捉えてしまう。
 きっとそんなもんなのだろう。まぁいいじゃないか、高校時代なんて限られているのだから。そんなことを思って、俺はさして気にも留めていなかった。

 弟の恋路なんてに興味はない。弟が誰を好きになって誰にフラれてこようとも、俺には別に関係ないし。本当に、日常に紛れてすぐに忘れてしまうような他愛無い事のはずだったのに。

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by ichimen_aozora | 2005-06-10 03:46 | 君の街
アルバム (夏の記憶 vol.11 最終話)
 からからと水車が回るように、日々は滞りなく過ぎていく。
 巻き取られるように、残りの高校生活は短くなっていく。
 僕は、現役で受かろう、と思っていた。何か、なりたいものが見えているわけではない。将来の夢なんて分からない。でも多かれ少なかれそんなもんだろう?それでも大学に行こうと決めたからには、全力を尽くすべきだろう。
 僕は志望校を決めた。限界ぎりぎりの高い志望校。それでいいだろう、と思う。生きる道はまだ決められない。それでも、僕の未来は真っ白だ。

 赤本を探しに行った資料室の埃っぽい片隅で、昔の卒業アルバムが並んでいるのを見つけた。
 年代を辿って、4つ上の代のを取り出して広げてみる。
 ばらばらとページをめくった先で、僕は片山さんのポートレートを見つけた。
 写真の中の彼女は、背中まで届く黒褐色で真っ直ぐな髪をしていて、どこか不安定にこちらを見返していた。
 そして、見開きのページの左側には。
 今よりもずっと華奢な先輩がいた。

    なんだよ、俺といい勝負じゃねぇか…

 やっぱりどこか不安定な瞳をして。
 たぶん、そういう年頃なんだ。写真に撮ったらきっと、俺も。同じような眼をしているだろう。
 次々とページをめくっていく。部活紹介のページでは、先輩は野球部の、片山さんはソフトボール部のキャプテンとして写真の真ん中で笑っていた。

 そして、3年間の思い出を辿るコーナーの中で見つけた一枚の写真で。
 僕は、ああ、やっぱりな、と思う。
 それは、修学旅行の写真で。名所をバックにした記念撮影で。たぶん班行動中の5~6人の男女の集団の中で。片山さんが先輩の隣で笑っている、その隣で。どこか所在なげに戸惑ったように立っているのは兄貴だった。

    兄貴ってこんなだったっけ…?
 
 今よりもずっと子どもっぽくて頼りなさげで。隠し切れなかった繊細さが垣間見えるようで。
 
    あの人は、やめとけよ

 いつだったか夏の終わりに聞いた言葉。
 見せてくれなかった卒業アルバム。

    二人は学年公認のやたら有名なカップルで…
    誰も割っては入れなかったよ…

 僕はふいに思い出す。そういえば兄貴は陸上部だったんだ。

 ついこないだまで僕が、そしてずっと前には先輩と彼女が、ボールを追いかけていたグラウンドの周りを、兄貴はずっと走っていたんだ。
 まるでいとこ同士のようにどこか似通っていて仲が良かった二人を、遠巻きに見つめながら兄貴は。
 いったいいつまで…

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by ichimen_aozora | 2004-12-31 21:55 | 夏の記憶
それから (夏の記憶 vol.10)
 翌日から確かに彼女は来なくなった。本当に帰ってしまったのだろうか。僕は携帯の番号すら聞いておかなかったので、彼女と連絡をつける術が何もなかった。
 図書館に行く理由もなくなってしまったけれど、僕は習慣のように、予備校が終わると図書館に行った。窓際の一番奥の机では、時々見知らぬ人が僕の向かい側に座ったりした。
 そうこうしているうちにあっという間に二学期は始まって、僕は随分ゆっくりしたペースで学校生活のことを思い出した。九月に入ってもしばらくの間ひどい残暑が続いたけれど、10月になる直前にはすとんと秋がやってきた。
 まるで舞台の場面転換のように、あっさりときっぱりとした秋の到来だった。
 僕は、僕のこころを占めていたものがふいにまるごと目の前からいなくなってしまったので、仕方がないから闇雲に勉強ばかりしていた。特にほかに気をとられることなんか現れなかったからだ。
 その結果妙な具合に僕の偏差値は上がってしまって、どうやらこのままいけば浪人は免れる気がする。
 人生、何がどう作用するかさっぱり分からない。
 とりあえず志望校ぐらい定めてみようと思って、僕は結局片山さんの大学を聞かないままだったなと思い出す。まさか後を追って受験するなんて事はしないけど、やっぱりそれくらいは、聞いておけばよかったかもしれない。
 僕は片山さんのことを相変わらず何も知らないままで、だから、なんだかこのごろ、あれは絵空事だったのではないかという気がするときがある。不安定な印象の中で、彼女はいつも軽々とふざけて、そして少しだけ淋しそうに笑っている。
 携帯の番号も大学も、兄貴や先輩に聞けばあっさりと分かるのかもしれない。けれど、このままでいい、とどこかで思う。片山さんはこのまま何の実体も伴わないままで、あの強烈に暑かった夏のとともに、僕の記憶にだけ焼きついていればいい。

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by ichimen_aozora | 2004-12-31 14:27 | 夏の記憶
風の中 (夏の記憶 vol.9)
 そうして甲子園が終わって、街の夏祭りが終わって。
 知らぬまに日が短くなっていく事に気付かないまま。
 空が変わって、雲が変わって。
 あと何日、と、の頃の夏休みを数え始めた頃。
 いつもどおりに来た図書館の前で。
「何してんですか。こんなとこで」
 片山さんは一人ぽつんと、駐輪場の低い塀に座っていた。
「予備校、お疲れ」
「暑くないんですか?日焼けしちゃいますよ」
「ねぇ、竹田君」
「はい?」
「今日、送ってくれる?自転車じゃないの」
「いいっすよ」
「ほんと?ありがとう」
 よく晴れた日で、今日もまたひどく暑かった。
 なんだってこんな炎天下に彼女は。
 困ったような顔をして。
「あのさ。君は、野球部でしょう?」
「え…」
「西君にさ、よろしくってさ、言ってくれないかな」
「西先輩…」
「野球部のコーチに来てるでしょう?」
 いつも元気な西先輩。
 今でも少年のように純粋な西先輩。
 きっと僕たち3年生の多くは、西先輩にはある種の憧れを感じている。
 僕はきっともう、大学に入ったら野球はやらないだろう。
「俺、野球部て、言いましたっけ?」
「さぁ。でも、分かるよ」
 彼女は懐かしそうに笑っている。
「その黒いバックは野球部が使うやつだし、キーホルダーも駅前のスポーツショップがくれるやつだし」
 肩から斜めにかけているでかいバック。それから自転車の鍵をつけているキーホルダー。
 彼女は相変わらず懐かしそうに笑っている。
 懐かしそうに、淋しそうに、なんだか全て見通したように。

 僕は彼女の名前しか知らないのに。
 彼女はなんだって見透かしてしまうんだ…
 せっかく秘密にしてたのに。
 野球部だって言ったらきっと、先輩を重ねると分かっていた。

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by ichimen_aozora | 2004-12-31 01:46 | 夏の記憶
西先輩 (夏の記憶 vol.8)
 それほど間が開いたわけでもないのに、久々に行った学校は、妙に他人行儀な気がして気恥ずかしい。
 夏休みのど真ん中。
 人気のない校舎と賑わっているグラウンドの対比を、僕は始めて外側から眺めていた。
 練習中の後輩が僕に気付いてちょっと挨拶をする。そしてすぐに練習に戻っていく。
 当然のことなのに、なんだかひどく淋しかった。
 疎外感。
 ああ、そうか、僕は引退したんだよな。
 代替わりした新チーム。僕はもうただのよそ者なんだ。
 バックネット裏にいた西先輩が僕に気付いて、例のごとく無邪気に手を振ってくれた。
「こんにちは。お疲れ様っす」
「お~。久しぶり。どうした?やってくか?気晴らしに」
「や、今日は、練習着持ってないんで。ちょっと見て、帰ります」
 そーかー?久々にやってけばいいのにさー、俺がノックやってやるのに、なんて言って、先輩は笑った。
 本当にいい人なんだなぁって事がよく分かる笑顔で。
 僕は、ほんのちょっとだけ来たことを後悔する。
 先輩には、何も、言わないままがいいのかもしれない。
 そのほうがきっといいのだろう。
 そうだとしても、でも僕は。
 僕は… 

「ねぇ先輩」
「んー?」
「先輩は、昔、好きな人とかいました?」
「昔って?」
「高校の頃とか」
「いたよ」
「どんな人ですか」
「手のかかる、困った奴」
「ふーん」
「何だよ急に」
「いえ、別に」
「ま、いいけど」
「その人は今、どうしてるんですか」
「さぁ……連絡、とってねぇしな」
「今も、好きですか」
「あ?もうずーっと前の彼女だぞ。おれ、いま、彼女いるぞ」
「うん、だけど、じゃあ、もうどうでもいいですか」
「いや、そんなことも、ないけどさ」
「元気だと、いいですね」
「そうだなぁ」
「もし……」
「ん?」
「もしその人が今、まだ先輩のこと好きだっていってきたら、どうします」
「言ってこないよ」
「だから、もし」
「もし、そうだとしても。言ってこないよ、そういう奴だ」
 正解です。先輩。凄いですね。
 片山さんは、確かにそういう人です。

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by ichimen_aozora | 2004-12-30 01:21 | 夏の記憶
あの頃 (夏の記憶 vol.7)
 だってお前野球部だろう?

 そうだ、確かに僕は野球部だ。
 だけど、それが、なんだって言うんだ?
 今更。
 昔の事なんて、僕にはさっぱり関係がない。
 知りたくもない、と、言ったらたぶんちょっと嘘。

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by ichimen_aozora | 2004-12-29 01:19 | 夏の記憶
きずあと (夏の記憶 vol.6)
「そういえば、何で知ってるの?彼氏のこと」
「指輪してるから…」
「ああ、これか。これだけで彼氏がいるって思った?」
「うん」
「指輪なんかしてたって、別に彼氏がいる証明になんかならないじゃない」
「そうだけど」
 時々ひどく真剣に見つめていたりするから。
 大事な人に貰ったんじゃないかって思ったんだ。
「それにこれ、普段はしてないし」
「いつもしてるじゃないですか」
「そう?よく見てるね」
 彼女は面白そうに笑う。ああ、また失敗した。僕はこういう時彼女に比べて本当にただのガキで、まったく敵わない。兄貴に対しても同じだ。いつだって墓穴を掘ってはからかわれる。
 たまたまです、と強がってみても苦しい言い訳で、後ろにいる彼女の表情は見えないけれど。どうせますます面白がっているのだろう。そうしてまた誤魔化されてしまうんだ。聞きたい事はいつも。
「だけど彼氏に貰ったんでしょ?それ」
 もういいや。こんな人と上手く駆け引きなんかできるわけもない。どうせ僕の気持ちなんてばればれなんだ。妬いてるように聞こえようと拗ねてるように思われようと、もうどうだって構わない。ただ、本当の事を知りたかった。せめてもう少しだけでも。
 彼女は強く肩を握り締めていた。
 Tシャツ越しに、左手の指輪の堅い感触が当たる。
 僕は女の子に、指輪を贈った事なんかないけれど。
 そんな小さなわっかで、彼女を繋いでいる奴を強く意識した。
「違うよこれ」
「え?」
「彼氏に貰ったわけじゃない」

 じゃぁ誰に、と、僕はこのとき聞けばよかった。
 余りにもあっさりと思い当たってしまったから、動揺して聞けなかったけれど。
 彼女の口からちゃんと名前を聞いていれば、もう少し楽になれたかもしれないのに。

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by ichimen_aozora | 2004-12-28 00:58 | 夏の記憶