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二人乗り (夏の記憶 vol.5)
 その日は珍しく、夕方まで雨が降っていたから、自転車は置いて来たのだろう。駐輪場を素通りして歩いて帰ろうとする彼女に、乗っていきますか?と声をかけたら、ひどく驚いた顔で立ち止まった。
「え?」
「だから、自転車。二けつで」
「あ、あぁ」
「これ、ステップ。あ、乗ったことなんかないですか」
 僕はステップを後輪に取り付けようと、一旦降りて後ろにまわる。
「あ、大丈夫。わかる」
「え?」
 彼女は一つを取り上げて、俺とは逆側にまわって屈んで取り付けた。

「いきますよ」
「うん。重いよ」
「大丈夫ですよ。いつも男乗せてるし」
 あらまぁ、と彼女はくすくすと笑った。
「うまいですね」
「何が?」
「乗るの。結構、初めは難しいじゃないですか」
「そうかな」
「よく乗るんですか?」
 彼女はその質問には答えずに、少し背をそらしたのだろう。掴まっている肩が軽く後ろに引かれた。
「ステップってさー、まだ売ってるの?発売禁止やろう」
「売ってますよー。御園は」
「そうなんや。駅前の店?相変わらずね、この街は」
「よく知ってますね」
「昔っから、皆そこで買ったんだもの」
 ふふふ。あー、懐かしい。小さく呟いた彼女の声が、風に混じって微かに聞こえた。
「片山さんて」
「何?」
「本当はいくつなんですか?」
「だから、二十歳、くらい、に見えるんでしょう?」
 彼女はいつだってふざけて。
「でも、嘘でしょう?」
「いいじゃない別に」
「そうですか」
「そうよ。いいじゃない別に。そんなこと、どうだって。ねぇ、どうして、急にそんなこと気にするの?」
 僕は、彼女に倣って答えなかった。別に、本当に、どうだっていい気もする。
 夏の長い日も落ちて、柔らかく夕闇が訪れる。空気はまだ暑くても、風が適度に涼しくて、少しずつ虫の声も聞こえる。独特の夏の夜は確かに今夜も近づいてきて、僕は少しどきどきする。彼女は今至近距離真後ろにいて、手は肩に乗っていて、このまま突っ走れば、どこにでも連れて行ける。彼女が飛び降りれない位のスピードで走れり続けれるなら、その間彼女は俺のものだ。
 心なしかペダルに力を込める。
 彼女は僕の心を覗いたように、絶妙なタイミングで、若いねー、と言った。

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by ichimen_aozora | 2004-12-27 00:04 | 夏の記憶
真夏日 (夏の記憶 vol.4)
「おはよう。早いね」
「今日は予備校ないんで。夏休み、ていうかお盆休みで」
「ああそうか。なるほど。もう8月も半ばなんだ」
「片山さんいつもこんな早くから来てたんですか」
「そうよ」
「何してるんですか」
「勉強」
「大学生もそんな勉強とかするんですねぇ」
 そういうと彼女は本当におかしそうに笑った。
「なに?君は大学には行ったら遊び倒すつもりだね?」
「もちろん」
 図書館の自習室、辺りを憚ってか、彼女は声は立てずに、でも本当におかしそうに笑い続けている。僕は何か変なことを言ったのだろうか?
「なんすか」
「いや、なんでも」
「俺は、大学入ったら遊びまくりますよ」
「ま、とにかく、まずは大学に入ってください」
 兄貴にしても彼女にしても、僕はいつだってちょっと小馬鹿にされているようで。憮然とした表情を作っても、それすら面白そうな顔をして見ていて。
 いつだって、まともに扱ってくれやしないんだ。


 真夏日記録更新中。
 本当に暑い夏だった。
 目が痛くなるような青すぎる空から、ひりつく様な強い太陽が照りつける。
 冷房も効かない街の図書館で、先の見えない底なしの受験勉強。
 うんざりしないわけもない。
 けれど。
 こんな日々がでもいつまでも続けばいい

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by ichimen_aozora | 2004-12-26 02:38 | 夏の記憶
指輪 (夏の記憶 vol.3)
 薬指に指輪をしている、ということの意味が、僕にはまだ実感としてよく分からない。
 よく分からないけれど、片山さんがいつもしている薬指の細い指輪が、僕は妙に気になってしまう。

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by ichimen_aozora | 2004-12-25 03:58 | 夏の記憶
図書館 (夏の記憶 vol.2)
 片山さんは、今日も窓際の一番奥にいた。
 小難しい顔をして、小難しい本でも読んでいるのだろう。
 入ってきた僕に気付いてちょっとだけ目を上げて、小さく会釈した。そしてまた本の世界に戻っていく。僕は、ぼんやりしたふりをして、彼女のふわふわと緩くパーマがかかった茶色い髪が、夕方の風に揺れるのを見ていた。
 僕は、片山さんが片山さんて言う事だけしか知らない。僕より2つ位上かなとは思うけれど正確な年齢も知らないし、六法なんか机に出してるから法学部の学生なのかなと思うけどどこの大学なのかは知らない。

 だいたいにして、こんな風にちょっとだけでも挨拶なんかするようになったのは物凄い偶然なのだ。確か1週間くらい前、図書館の駐輪場で、彼女が将棋倒しにした自転車を立て直すのに難儀していたのにちょっと手を貸しただけで。それって言うのも僕の自転車も巻き込まれて倒れていたからで。
 別に、彼女に近づきたくて手伝ったわけじゃぁないんだ、と言いたい。
 実は、部活を引退して図書館に通いだした夏休みの初めに見たときから気になっていたなんて事は、まぁ、この際、できれば目をそらしたい。
 とにかく僕は、そのとき初めて彼女に声をかけた。大丈夫ですか、と模範のように礼儀正しく。彼女はびっくりしたように笑ってありがとうと言った。
 それこそ模範のように感じが良くて、僕はそれからできるだけ毎日、図書館に通っている。

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by ichimen_aozora | 2004-12-24 03:49 | 夏の記憶
八月 (夏の記憶 vol.1)
 高3の夏、図書館で見つけた綺麗な人を、僕は好きだと思った。
 声をかけて、名前を聞いて、自転車の後ろに乗せたけれど。
 僕は彼女のことを、何も知らない。

    ☆

 8月の日差しは酷く強くて眩しくて、温暖化のせいか毎日はめっぽう暑い。35度なんてざらだ。夏季講習なんてものが急に始まっても受験生の自覚は皆無で、それでも暇に任せて予備校に行けば「必勝」なんて鉢巻を貰ってしまう。
 手にとってまじまじと見つめてみても笑いさえ込み上げてはこなくて、気分は白けて、薄ら寒くて気持ち悪い。
「必勝って、なんだ?」
 今更。夏は終わったんだ。梅雨明けと同時くらいに。地区大会の予選敗退で。遥か彼方に冗談のようでもちゃんと目指したはずの甲子園は、まだ、始まってもいなくても。
 ま、そんなもんだろうという周囲の感想がなんだか痛かった。もっとちゃんと応援してくれてもいいじゃないか。一緒に、夢くらい見てくれたって。
 終わったんだ。いくら暑くても。憧れのない夏なんて夏とは呼ばない。意地でも。ただの8月だ。暑くてだるくていいことなんて一つもない、灰色の8月。
 受験かー。
 ふーっと長く重くため息をついても、悲壮感が襲ってこない。多分重症なんだろうと思う。受験生として、この実感のなさは重症。
 
 終業チャイムが鳴り、遠くの席から坂内がよって来る。
「竹田―、かえろーぜー」
「おー」
「帰りにさー、何か食ってこうぜー、ラーメンとか」
「あちーなーそれ」
「じゃぁ何よ?」
「冷やし中華?」
「じゃぁラーメン屋じゃん。同じじゃん」
 坂内は笑って、そのまま教室の出口に向かう。僕は必勝鉢巻を丸めてかばんに突っ込んで、後を追った。
 高校よりもだだっ広くて無機質な教室。安っぽく軽くて傷も悪戯書きもない机といす。高い天井、多すぎる蛍光灯。フル稼働したクーラー。
 これは優遇というのか?
 受験生、それだけで、僕たちはどこまで特別なのか。
 どこが特別なのか、分からないけれど。
 グラウンドを転がる泥だらけの後輩を遠めに見て、あぁ、もう、あんな風には走れない、と思ってしまう。
 たった、2週間のはずなのに、な。畜生。

 

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by ichimen_aozora | 2004-12-23 03:23 | 夏の記憶