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今年の夏 (遠い空 vol.9)
 机の引き出しを開ける。探さなくても分かる、指輪のある場所。いつも目に付かないのはきっと、意識的に目をやらないからだと気が付いてはいた。目をそむけているという事実からも目をそむけるようにして。
 忘れたわけではない。決して。忘れられるわけがないのだ。そう簡単に。
 それぐらいの想いだったなら追い詰められる事もなかったかもしれない。今も、あれからずっと。遠く離れたままでも耐えられたのかもしれない。
 ずれも歪みも許容できるほどのゆとりが、あの頃の私にあったのならば。

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by ichimen_aozora | 2006-02-14 23:25 | 遠い空
ざわめき (遠い空 vol.8)
「ごめん。時田君」
 それは何に対してだろう、と、思いながら謝った。
 嘘ではなかった。ごまかしでもない。それでも時田君にはきっと謝らなければいけない。
 後悔はしていない。罪悪感もなかった。ただ、どうしようもない。
「ごめんね」

 淋しいと思った。
 久々に。
 こんなに冴え冴えと淋しいと思ったのは、一体いつ振りだろうか。
 ほんの少し懐かしい。
 そして、痛々しい。
 独りだな。そう。本当はいつだって独り。
 そんなこと、そんな当たり前のこと。何で忘れていたんだ。
 みんなといても、二人でいても、人はいつだって、自分以外ではありえない。決して紛れない孤独を、抱えもって目を上げる。誰も。誰しも。
 だから近づきたいと思うんじゃないか。少しでも。傍によりたいと。手を伸ばしたいと。
 名前を、呼びたいと。

 

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by ichimen_aozora | 2006-02-09 22:03 | 遠い空
時田君 (遠い空 vol.7)
 日付調整完了。夏を待つばかりの日々は、細かくて慌しい予定になった。テスト前恒例の多量のノートコピーの交換約束の手はずもつけつつ残りの授業を消化しながら、開き時間のほとんどは、1ヵ月半の無収入に対応すべくやたらと働いていた。
 
 高台にあるキャンパスの、学食の大きな窓からは、広がった空と、ずっと遠くに海が見える。相変わらずくすんで、霞んでよく見えないけれど。
 七月に入っていた。梅雨はまだ空けない。
 気休め程度にレジュメに目を通しながら空きコマの三限目をだらだらと潰していると、向かいにいた時田君がふいに顔を上げた
「片山。夏はどうする?どっか行かん?」
「え?」
「やっぱ海とかー。別に山でも温泉でもええけど。やっぱ海やろ。夏やし」

 なんの話だろうと、ぼんやり思った。
 実家にも電話をしたし、バイトも長期の休みをもらった。荷物は段ボールにつめかけで、あとは、そうだ、電車の切符も早めにとらないと…
「片山?どうしたん?」
 時田君が小さく首をかしげる。その仕草が随分と無防備で、ようやく、私のやらかした随分な事実に気付いて唖然とした。

―――なんのことはない。すっかり忘れていたんだ…

 顔を上げて、時田君と目を合わせる。時田君が小さく笑って、なんだか居たたまれなくなった。
「…ごめん。私はいかれん」
「え?なんで?」
「今年は実家に帰るんよ」
「大丈夫やで。日程はあわせるし」
「そうじゃなくて、ずっと」
「ずっと?」
「夏休み一杯、ずっと」
 時田君は、純粋に不思議そうな顔をしていた。

「なんで?それ、帰らなあかんの?家族行事とか?」
「そうじゃないけど」
「じゃあ、ええやん。こっちで残って、遊びに行こうや」
「うん。でも」
「ゼミのメンバーで旅行行こうって話もあんねんで。皆行くし、だから片山も行こうや。行くやろう?」
 時田君が、穏やかな笑顔のままで引き止める。あくまで穏やかに。でも、承諾を信じて疑わない風に。
 言われれば言われるほど何故か、帰らなければと頑なに思った。

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by ichimen_aozora | 2006-02-02 22:42 | 遠い空
雨音 (遠い空 vol.6)
 駅前のスーパーで、帰省前の荷造りに向けて大きなダンボールを貰った。
 こっちにきて3年とちょっと、そういえばあんまり帰らなかったなと思う。遠恋が終わってから更にその傾向は強まった。お盆とお正月にちらっと顔を見せに帰るくらい。長い帰省は、今回が初めてかもしれない。
 時間割と手帳を見比べて予定を決めた。授業が終わるのは七月の中ごろ。前期の試験は夏空けて九月。
 試験の後、後期が始まるまで、通称秋休みと呼ばれる空白期間があるけれど、夏休みの日取りは高校の時とさほど変わらない。
 バイト先のレストランは、シフトが埋まらないと判明すれば殺伐とする。下手して帰れなくなるのを危惧して、店長には早々に、大胆にも1ヵ月半の休みを申し出た。なんとか許してもらった。
 母親より少し若いくらいの女店長は、渋々といった感じに頷きながら、困ったようにため息をついた。

「すいません」
「ええけど。珍しいね、片山さん」
「はい。最後なんです」
「そう、そうやね。もう4回生なのね」
「はい」
「ここに来たのはいつやっけ?」
「1回生の、秋ごろですかね」
「そう。もうすぐ3年も経つの。あの頃は、この娘どうなる事かと思ったけどね…早いわぁ」
「ほんとに…」
「それで、いつまでやれるの?」
「来年の、1月か2月か。それくらいですかね」
「そう…」
 店長はまた、今度は隠す素振りもなく大きく溜息をついた。
「あなたが戻ってきたら、またバイト募集の紙出すからね」
「またですか」
「またよ。それで、卒業までに、新人なんとかして」
「えー…。足りませんか?今のままで」
「足りんでしょう?あなたが抜けるんよ?最古参でしょうに。それに、つられて若い子がどっとやめたら困るやない」
 店長の言葉に、思わず俯いて笑う。
「つられて、若い子が、ね」
「その辺のことも言っといてよ」
「はい、はい」
「頼んだから」
「分かりましたよー」
「だから夏はいいわ。休んで」
「ほんま、助かります」
「今やめられたら困るからね」
 私はもう一度俯いて笑った。幾らでも替えのきく学生バイト。1ヵ月半の完全休暇はさすがに、くびになってもおかしくない。破格の待遇。
 軽い口調の裏で店長はたぶん、本当にそう危ぶんだのだろう。

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by ichimen_aozora | 2006-01-25 01:19 | 遠い空
きらきら (遠い空 vol.5)
 失恋したから髪を切る。なんて古風な風習は、今でもどこかに残っているだろうか。
 失恋したから髪を切る、なんて行動に出るのは恥ずかしかったからやらなかった。ただ、思い切ったことをしたくなる心境は、実感としてよく分かった。結局その気持ちがずっとくすぶっていて消えないままで、仕方がないから、成人式をまってから実行に移した。
 ずっと、生まれてから、ハサミいがいの余計な手を加えたことのなかった髪は、結構綺麗だったと自分でも思う。生まれつき少し、茶色がかっていたけれど、くせのない、割とはりのある髪は、大抵長く伸ばしていた。
 明るくしてください、と初めていった時、大袈裟だとは思うけれど、大事にしてきたものを壊すような気がした。無口になるほど緊張したのに、季節が冬だったせいか、あんまり変われなかった。
 
 本当は、こんなにまでするつもりなんかはなかったのだけれど。
 エスカレートするのは、笑っちゃうくらいに早かった。それから何度か美容院に行って、次の夏のさなかの頃には、私はだいぶ金髪に近かった。鏡の中から見返す瞳は、見知らぬものを見るように不思議そうだった。これは誰だろう。私だろうか。首を傾げると、同時に鏡の中の姿も傾げたので、やっぱり私だろうと思った。
 なんだかおかしくて笑った。地元に帰っても、もしかしたら誰にも気付かれないかもしれないな。そう思うと、おかしくて、少し泣きそうになった。
 ああ、でも、こんな頭じゃ実家には帰れない。そう思って、やっぱり俯いて独りで笑った。

 それから2年くらいが経つけれど、私の髪はおおむね金色っぽい。まるで知らなかったけれど、一度ここまで明るくしてしまうと、色を入れても退色が早いのだ。特に私の髪質は、染まりやすく、落ちやすいらしい。時々元に戻ってみようと思って濃い色に染めても、するりとすり抜けるようにすぐに、金色に戻った。
 幸いというかなんと言うか。この街でも、私の周りでも、明るい髪は流行っていたから、さほど浮いたりはしない。校則からも世間体からも切り離された大学生が、ひどく自由で奔放で、無防備なだけなのかもしれないけれど。

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by ichimen_aozora | 2006-01-18 20:21 | 遠い空
未来 (遠い空 vol.4)
 物がほしかったのだ。何か、重たく意味を秘めた物体が。
 どれほど些細で安っぽくても構わない。その意味を、知っているのは自分だけでも構わない。そう、くれたその本人さえ、その意味の重さには気付いていなかったかもしれない。でもそれでもいいと思った。構わないと思った。
 縛りたかったのは自分のことだ。自分で乗せた重みに、つながれてじっと動けないようにしたかった。ひどく不安定だったのだ。寄る辺ないほどに。
 言葉を変えれば、そう。
 私は生まれてはじめて、ひどく自由だった。自分でも驚くくらいに、どこまでも行けてしまうほど軽やかに。

 私は確かに望んでいたし、自力で真っ直ぐに掴み取ったのだ。私には、切り離してしまいたい息苦しい様々が絡んでいたし、そろそろそれも限界だった。とりあえず遠くに行きたかった。だから遠くの大学を選んだ。誰からも疑問や反対を受けなくてもいい程度の高い目標を掲げて、賭けに出たのだ。勝負だと思った。勝負は勝ちに行かなくては。
 可能性はなくはないけれどもいたって低かった。低かったけれども気にしなかった。気に病まなかったわけでは決してない。私は鬱々と泣いたりもしたし、噛み締めた唇を切ったりもしてみた。それでも遠くの街に描いた未来は鮮やかに明るく、躊躇いはなかった。
遠くに行きたかった。本当に私は、ずっと遠くに行きたかった。

 一緒に行けるなどという甘い夢は、まるで見なかったといえば嘘になるけれど。
 一度くらい、冗談のように、一緒に行こうよと誘ったかもしれない。でも、無理だと知っていた。それは単なる身勝手なのだということは、ちゃんと、分かっていたのだ。
 ずっとずっと、一緒にいたいと心から願っていた。本当に、一緒にいられたならどんなにいいだろう。何も問題ないように思えた。
 ずっとずっと一緒にいられるのならば、壊れることなどありえないように思えた。
 ずっとずっと、一緒にいられるのならば。

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by ichimen_aozora | 2006-01-07 07:25 | 遠い空
残像 (遠い空 vol.3)
 大学最後の春が、麗らかに過ぎていく。
 桜が咲いて、柔らかな風が吹き、桜が散って、季節はいつの間にか巡っている。
 春と言う季節はいつも短い。空気がようやくぬるんだと思えば儚く一瞬花吹雪は街を舞って、気付けばもう行きすぎようとしていた。
 梅雨に入る前のひと時、薄く白く霞んでいた空が青く澄み渡って、気温が急に上がる。一足早い束の間の夏の気配は、毎年私を無闇に動揺させる。

 夏は好き。一年中でたぶん一番夏が好き。
 ただその理由が分かりやすいほどありふれていて、馬鹿馬鹿しくて悲しくなる。
 鮮やか過ぎる印象はひどく限定されていて、情けなくなる。
 グラウンドに響く掛け声と、歓声と、切り裂くように吸い込まれるように舞い上がったボールの面影は今も、薄れないままに沈んでいる。
 私の深いところに。私の、きっととても核心に近いところに。
 だから、何一つ、なかったことには出来ないだろう。
 どれほど哀しくても。どれほど切なくても。
 情けなくて女々しくてバカみたいに愚かだと分かってはいても。

 手放す事は出来ないのだ。その記憶も。
 事実も想いも後悔さえも。

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by ichimen_aozora | 2005-12-31 07:12 | 遠い空
階段教室 (遠い空 vol.2)
 4限最後のチャイムがなった。
 がたがたと一斉に席を立つ、慌ただしい人の流れを、後ろのほうから眺めていた。すり鉢状の巨大な階段教室は、大学に入ってまず始めに目新しかったものだ。真面目な学生が前から順に席をつめるのを不思議な気持ちで見ていた。私はいつも、ずっと後ろの方に座る。マイクを通した声はここでもよく聞こえたし、ノートに丸写しするような板書もあまりなかった。
 前の方の過密度に比べると後ろの方は随分と空いている。広々と静かで、それなのに飽和しているような柔らかな閉塞感。巨大空間に一人浮いているような錯覚が、気に入っている。

 つい先日、内定を貰った。物凄く早いほうではないけれど、割と早いほうだった。
 とりあえず落ち着いたので、リクルートスーツをクリーニングに出した。
 まだいくつか残っている単位は、前期のうちに取り切ろうと思う。春休みを挟んで久々にまともに参加した講義はやっぱり、ゆるゆると眠くて、それがなんだか懐かしかった。

「片山」
 どこかで呼ばれて、その声で誰だかは分かる。緩慢に目を上げて姿を探すけれども、見つける前に肩を叩かれた。
「来てたんや。今日はもう来こんかと思った」
「うん」
「あとで、電話しようと思っててん」
 もう聞き慣れた柔らかな言葉は好ましく思う。
 目の前の存在も。きちんと好ましく思う。
 だから、大切にしなくては。
 本当は昼から来ていたことは告げずに少し目を細めた。笑ったように、見えたと思う。
 促されて立ち上がる。
 いつの間にか、きっちりと閉じて完成していたはずの空間は、跡形もなく消えていた。

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by ichimen_aozora | 2005-12-26 04:44 | 遠い空
逃避行 (遠い空 vol.1)
 一番好きな人には恋人がいて、自分の入る余地も可能性もないことは分かっていた。そういうとき、どうすることが一番正しいのだろう。
 私はあまり迷いもせずに、他の人からの告白を受け入れた。結構仲がよかったし、割合と好きだったし、差し当たってはうまくいくような気がしたからだ。
 罪悪感などはなかった。まともな選択だと思えた。
 だけどあるとき、一部の人から随分とキツイ反感を買っているらしいことを知った。
 別に人が内心思うことには制限はないが、それでも気付いてしまえ気にはなる。個人の勝手だろうと反論したくなる。

 自分のほうが好きなのだから身を引けというのか。
 そうでないなら、では、私にどうしろというのか。

 一番でない人と付き合うことが卑怯だなんだと言われるのなら、私は誰かと、恋をすることなんてもう出来ないかもしれない

    ☆

 もしかしたら自分が思っているよりは、私は人の気を引いているのではないかと初めて考えた時、もうすぐ二十歳になろうとしてた。その頃私は、長く続いた重大でかけがえのない日々を閉じたばかりで、いまだ慣れない土地に一人、どうしたらいいか分からないでいた。
 もう随分と一人でいた気がしたのに何故だろう。別れよう、の一言は重く確かに、日常の間に間に長い間響いた。
 何も変わらない、はずなのに、結局のところ私は寄る辺を失ったのだ。

 頼りない浮遊感に苛まれて歩き回ってばかりいた。言い出したのは自分であるくせに、立ち止まれば気付けば泣いていたりするから、ずっと歩き回ってばかりいた。
 そうだね、と簡単に同意されたのが悔しかったのかもしれない。止めてほしかった。遠いところにいった存在等、その程度かと思い知りたくはなかったのだ。
 好きなだけでは全てがうまくいくわけでもないらしい。そんな自明の理に気付く程度には、大人になっていたらしい。もっとも本当は、初めから結末は読めていたはずなのだ。ただ見ないようにしたかっただけで。
 それでも私は故郷から飛び出したのだ。飛び出さなければと痛切に思ったのだ。それは確かに、正しい選択だったのだけれど

 やはり我が儘だったのは、私だけかもしれない。今になってそう思ったりする。
 たぶん今になったからようやく、なのだけれど。

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by ichimen_aozora | 2005-12-24 04:44 | 遠い空