あれはいつだっただろう。
暇を持て余していたんだから、きっともう、部活をやめていた三年の頃。 別に何事もなくて、ただひどく面倒だった。全てが。 帰るのも立ち上がることすらも、そもそも日々を過ごす事自体ひどく億劫で、机に頬っぺたをくっつけてぼんやりとしていた。 あの頃は、理由も原因もないままにただただ不満だった事が、今よりもずっと多かった気がする。 学校は別に好きじゃないけど、放課後の教室は結構好きだった。 帰宅部は早々に学校を去り、運動部は元気に活動中。 人口密度のぐっと減った校舎は大抵静かで、薄赤く染まりかけた空が綺麗に見えた。 突然がらがらと静寂を破って、教室の後ろの引き戸が開いた。驚いて弾かれたように振り替えると、もっと驚いたような顔をした男子が戸口に立っていた。深沢君だった。 「何してんの。お前」 「別に、何も」 答えると、気を取り直したように教室に入ってくる。 「寝てたの?」 「寝てないよ」 「部活は?」 「帰宅部だもん」 正直に言ったのに、深沢君は一瞬気を取られたように歩みを遅くした。 「意外だな」 「そう?」 「だって、お前、何でも出来そうだから」 「なんでもって」 「なんでも。勉強も運動も人付き合いも先生とのやり取りも、何でも器用にこなしそうだからさ」 「そんなことないよ」 出来なかったから、こんなところにいるというのに。そんな避難がましい目を深沢君が捉えたかどうかは分からないけれど、ま、どうでもいいけどね、という声は聞こえた。 まったくその通り。どうでもいい、そんなこと。 他人のことなんて特に。 彼の無造作に突き放したような言葉が心地よくて、ゆるゆるとその視線の先を追ったら、すっかり赤く染まった夕焼けが見えた。 やっぱり綺麗だった。 More #
by ichimen_aozora
| 2005-08-09 21:03
| 熱量
「あ…」
思わず呟いた声は小さくはなかったけれど、昼時の学食の喧騒の向こうの横顔には聞こえたはずもないのに。 何故かタイミングよく振り向いた。目が合う。そのことに瞬時に動揺する。 「何?知り合い?」 当然聞こえていた隣にいた友達が怪訝そうな声で聞き返しても私はまだ上の空で、視線が上手く外せなかった。 「……飴くれた人だ」 「は?飴?」 随分と距離を開けたままばっちりと合った目が、一瞬思い巡らすように輪郭を緩めて。そして。 また確かな形を取る。 それから。 小さく会釈した。ほんの小さく、首を傾げるみたいに、微かに。でも確かに。 あ… つられるように、小さく返した。 そして、そのまま前を向いて、遠ざかってしまう後姿を。 なす術もなく見送っていた。 More #
by ichimen_aozora
| 2005-08-06 00:09
| 熱量
例え俺がどんなに頑張っても、だめなんだろうな、と思う。
俺は昔から片山のことが何となく分かる気がする。片山が滝に言ったっていう、正しくてやりきれないって気持ちも、分かる気がする。 それはたぶん、俺が、感覚的に、滝よりも片山に近いからなんだろう。 それでも片山は滝を好きになったのだし、たぶん、滝より俺が先に告白していても、他の同級生みたくふられただけだったと思う。 きっと、時期が違ったって、結果は同じなんだ。 それでも言ってしまえば取り消せない。隠して、誤魔化して、目をそむけてやり過ごす事はもう出来ない。今までずっと俺の真ん中で手を振っていた片山だって、過去へ過去へと流されていって、残像になる。 いやでも進まなければならない。新しい世界に、新しい人に、正面から対峙しなければ… ずっとそれが怖かったけれど、もう、逃げ回れる時期も過ぎたのだろう。 明るく光る携帯の画面に並ぶ数字。 きっと振られるだろうけど…俺は穏やかに諦めている。 いつだって、いつだって、彼女は遠くにいたじゃないか。このままだって、振られたって、別に何も、変らない。一度だって、すぐそばに来たことなんてなかったんだ。一度くらい、自分から近づいてみても、いいのだろう。 彼女の電話番号を見つめながら、ふいに思いつく。 どうせ一度なら、せっかくだから、直接面と向かって伝えようか… 卒業してからずっと、会いに行くことなんて、考えた事もなかったけれど。 積み重なったこの想いを、手放す覚悟があるなら。もう何も、こわいことなんて何もない。 万が一、万が一にも手に入るなら。大事に大事にすればいい。きっと幸せにすればいい。 More #
by ichimen_aozora
| 2005-07-21 18:47
| 君の街
「彼女と上手くいってんの」
「まぁまぁそれなりにな」 「片山の事は、もう、どうでもいい?」 「どうでもいいって事はないけど」 「じゃぁ、今度は俺が貰っていい?」 「貰っていいって、だからあいつ、誰かと付き合ってんじゃないの?」 「だから、そんなこと、俺には関係ないって」 片山が今、誰と付き合っていようと。あれから何年経っていようと。 きっと、そんなことは結局何の関係もないんだと思う。 どうせ。今も。 そして。これからも。 片山のこころの中心は、滝がもっていってしまったままなのだから。 俺たちは、もう戻れない。誰だって皆戻れないんだ。 あの頃。16歳。 まだ今よりもずっと子どもだった自分たちはひどく純粋で、だから、その想いにはもう敵わない。俺たちはきっと、あの頃の俺たちには敵わない。 これから誰が現れようと。どれだけ時間が立っても。 片山の真ん中には滝がいる。 俺の真ん中で片山が手を振るように。 でも滝は。 滝は違うのかもしれないな。 俺には、滝はまだ、キズもなくくすみもなく透明に見えるから。 More #
by ichimen_aozora
| 2005-07-20 03:24
| 君の街
「より戻したりはしないのか?」
「今更か?今更だろう?」 「そうかな」 「そうだろ。だってもう何年前だよ。俺、今、彼女いるし」 「そんなこと、関係ないじゃん」 「そういうわけにもいかないだろ」 「片山は?」 「さぁ。ちょっと前は誰かと付き合ってたけどな」 「指輪してたってさ」 「指輪くらいするだろう。もう、ガキじゃないんだし」 「どんな指輪だったかは知らないけど」 「お前の弟か?情報源は」 ちょっと困ったような顔をして、滝が珍しく言い当てた。 More #
by ichimen_aozora
| 2005-07-20 02:05
| 君の街
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